NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/12


駿河雛具 Suruga-hinagu Suruga Hina Doll Fittings

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 駿河雛具は、静岡県にて造られるひなまつりの飾り物である。
 針箱、茶道具、箪笥、長持、挟箱など、江戸時代の武家の豪華な嫁入り道具を模したものが雛具である。小さいながら実物と同じ様に作られているのが特徴である。
 16世紀、今川氏が静岡を支配していた頃には、駿河雛具は生産されていた。
 江戸時代になると、久能山東照宮や浅間神社の造営等をきっかけに、全国から集まった職人達が静岡に定着し、高度な技術を応用して雛具作りが発達していった。
 また、木地、漆、蒔絵、金具等の工程を分業化することで、手工芸でありながら大量の製品を作ることができたのも、駿河雛具の大きな特色である。
 駿河雛具は、湿気が多く温暖な気候と、江戸や京都等の大消費地の中間にあるという立地が幸いして発展した、伝統工芸品である。
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2007/8/2


齋理の雛まつり Sairi-no-hina-matsuri The Japanese Doll Festival at Sairi Residence

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 齋理の雛まつり(さいりのひなまつり)は、宮城県丸森町の齋理屋敷で、毎年の二月上旬から三月下旬にかけて催される、雛人形の展示企画だ。
 丸森町のシンボルでもある齋理屋敷は、この地で七代続いた豪商、齋藤家の蔵屋敷であり、当主が代々齋藤理助を名乗っていたことから、齋理屋敷と呼ばれるようになった。
 今は郷土館となっているこの屋敷の居宅にある二十畳もの大広間で、齋藤家ゆかりの雛人形や、豪華な道具類が展示される。
 享保雛や古今雛、嫁いで来たお嫁さんが抱いていたという市松人形など、齋藤家七代の長い繁栄の歴史を豪華な雛人形を通して見ることが出来る。
 また、期間中は手作りの雛人形教室など各種イベントも開催され、見るだけではない楽しさも味わえる。
 今のものとは面立ちも雰囲気も異なるお雛様が長い眠りから目覚め、一堂に揃う様はまさに息を呑む荘厳さであり、豪商の館にふさわしい雛まつりとして、訪れるものを楽しませてくれる。
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2007/7/11


雛祭り Hina-matsuri Hina Matsuri

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 三月三日の桃の節句に女の子のいる家で成長、幸福を願い行なわれる行事。
 ひいなまつり、上巳(じようし)の節句ともいわれる。
 中国の五節句の一つで、三月始めの巳の日の上巳に禊をして厄払いをしたことが起源とされる。
 日本では厄払いに人形をもちいていたが、これが「ひいな遊び」に使われた人形と結びつき、お雛様の原型となった。その後、雛人形を飾り、祀ることで幸せを祈る現在の姿となっている。
 お供え物の、菱餅は土台となるヨモギが邪気を払い、白酒は身を清め、蛤は貝のように合う相手を願うものであり、その他に多くの縁起物が子供の成長を祈って揃えられる。
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2007/6/28


石段ひなまつり Ishidan-hina-matsuri 

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 伊香保温泉の中心街、天正四(1576)年に造られ、温泉街のシンボルにもなっている「石段」に緋毛氈(ひもうせん)を敷いてひな壇に見立てたのが、この祭りである。
 保育園児たちがきらびやかなひな衣装を身にまとい、薄化粧を施してひな壇に模した石段上に勢ぞろいする。何とも愛らしい、原寸大のお雛様である。
 本来は三月三日であるが、土曜・日曜に合わせて行なわれる。対象園児は四月に小学校に入学する年長組で、初日は地元園児、翌日は公募で選ばれた地元外の園児達が登場する。
 この祭りは平成三年に始められたものでまだ歴史は浅いが、伊香保温泉の歴史は長い。約1900年前に発見されたと伝えられており、万葉集にも詠まれた由緒ある温泉だ。
 元は源泉の傍にあった温泉場を、長篠合戦での多くの負傷兵の治療のため、武田勝頼が真田氏に命じて現在の地へ移して広げ、温泉を効率よく配給するためもあってこの「石段」が作られたという。
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2007/5/22


うさぎの吊るし飾り Usagi no tsurushi-kazari Rabbit Hanging Ornament

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 つるし飾りは別名「つるし雛」とも言われ、江戸時代以来の伝承文化であり、伊豆稲取温泉に伝わる風習である。娘の幸せを一針の糸、古い端切れに託し、祈りを籠めたひな祭り。その雛壇の両脇に揺れる和裁細工が、雛のつるし飾りである。
 この風習は、九州柳川地区では「さげもん」、山形酒田地区では「笠福」、伊豆稲取では、雛のつるし飾り、通称は『つるし雛』と呼ばれており、この3地域のみが、歴史的な伝承の由来や雛細工の文献、写真等、口伝や資料を今に伝えているのだという。
 つるし飾りは、願い事をお飾りの形に託すのが大きな特徴で、110個の飾りにはそれぞれいわれがある。うさぎの赤い目には呪力があり、病気を治すと信じられており、神様のお使いとも言われている。
 季節ごとに、それぞれに合ったお飾りを増やしてゆくのも楽しい。お気に入りの小物は、暮らしを彩り、心を豊かにしてくれることだろう。
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2007/2/20


杵築雛 Kitsuki-hiina 

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 杵築雛(きつきひいな)は、大分県杵築市にて大切に保管されているひな人形達の事である。
 この地ではなぜか、雛を「ひいな」と呼ぶ。この言葉には、雅言葉独特の美しさが感じられる。
 毎年、ひな祭りの季節になると、藩主松平家ゆかりの古今びなや、「きつき城下町資料館」のひな、「杵築ふるさと産業館」の愛らしい竹ひな、商人の雛人形、地元婦人会の手作りびななど、多彩な雛人形が公開される。
 250年前の雛人形から現代風雛人形まで20数か所の家で展示され、座敷に上がって鑑賞することが出来る。
 また期間中、特別に用意される特産のカキを使ったカキ焼き、ひいな膳・ひいな弁当なども、訪れる者の舌を楽しませてくれる。
 杵築ひいなは、見ているだけで豊かな気持ちになる人形である。
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2007/1/25


天領ひたおひなまつり Tenryouhita-ohinamaturi Tenryohita Doll's Festival

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 天領ひたおひなまつりは、大分県日田市で行われ、ひな祭り期間中は、市内約20ヶ所の旧家や資料館等でひな人形や道具類が展示・公開される。
 江戸中期、町人文化の繁栄と共に早春の祭「お雛さま」は一般大衆の間に広がり、女児のすこやかな成長と幸せを祈る、日本の伝統的な行事として定着した。
 江戸時代、幕府の直轄地として代官所が置かれた日田市では、豪商たちが活躍し、天領日田として九州随一と言われるほどの繁栄を極めた。
 こうした旧家に江戸・明治時代から代々伝わるひな人形や道具類は、その豪華さにまず驚かささる。優雅で艶やかな気品に満ちた顔立ち、豪華な着物、丁寧な造作は、数百年の時を超えて、富裕な商人たちの財力と、懐の深さを語りかけてくれる。
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2007/1/12


江戸衣装着人形 Edoishouginingyou Edo Dress-up Dolls

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 江戸衣装着人形は、三月、五月、市松人形など、衣装を着せ付けできる人形を総称したものである。
 江戸衣裳着人形は五大将軍綱吉の頃に生まれた。
 京都で発祥した人形は、江戸文化の繁栄に伴い、幾多の名士の指導のもとに多くの職人が技術・技法を確立し、それぞれの雛人形、五月人形、市松人形、風俗人形などを作り、江戸衣裳着人形の伝統の基礎を築いた。
 桐の粉を固めた桐塑の生地に胡粉を塗り重ね、生き生きとした表情を創り、目玉はガラス、頭髪は人毛や絹糸を用い、衣裳は古いちりめん等を着せて自由に着せ替えができる。これが伝統的な日本の人形である。
 江戸時代から受け継がれた技法をもとに、現代感覚を生かした美しさ、可憐さが江戸衣裳着人形の特徴であると言える。
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