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2007/12/25


時の鐘 Toki-no-kane 

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 かつて鐘撞き守が時を知らせていた「時の鐘(ときのかね)」。現在では規則的に、午前六時・正午・午後三時・午後六時の一日四回、蔵造りの美しい街並みに、暮らしに欠かせない時を告げる鐘の音が響く。
 時の鐘は、寛永年間(1624~1644)川越城主であった酒井忠勝が、現在の幸町に建てたものが最初といわれている。度重なる火災によって焼失し、その度に建替えられてきたという。現在の鐘楼は、明治二六(1893)年の川越大火の翌年に、街の人々によっていち早く再建されたものだと伝えられている。
 木造の櫓(やぐら)の高さは約一六mあり、歴史的な街並や寺院などが多く残る「小江戸」川越のシンボル的存在になっている。
 平成八年六月、環境省主催の「日本の音風景百選」に選ばれた。
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2007/10/19


あまはげ Amahage Amahage

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 「あまはげは、全国的に有名な、秋田県男鹿の「なまはげ」と似た行事で、秋田県にかほ市金浦赤石地区や山形県飽海郡遊佐町吹浦女鹿地区に伝わる伝統行事である。
 秋田県の赤石地区に伝わる「あまはげ」は、250年以上前から、毎年一月中旬の小正月に行われている無病息災、家内安全を祈願する子供の行事。
 小学高学年の2人の男の子が顔を真っ黒に塗り、体にはワラの衣を着けて太鼓や鐘を打ち鳴らし、歌いながら家々を回る。家に入ると、あまはげが神仏の前で15回飛び跳ねてお祓いをする。銭なら五文、酒なら一升、いい餅よこせとねだる。
 山形県女鹿地区に伝わる「あまはげ」は、正月三日に行なわれ、怠けることを諫め勤労を奨励する行事で、「あまはげ」は新年にあたっての災いを取り除き、幸福を招く神々の使いとされている。男鹿のなまはげと違ってお面もどことなく優しい感じで、全部違う面構えをしている。こちらの「あまはげ」は国指定重要無形民俗文化財である。
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2007/10/1


幸田町 本光寺 Kouta-cho Honkou-ji Honkoji Temple in Koda Town

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 本光寺(ほんこうじ)は愛知県額田郡幸田町、JR東海道線三ヶ根駅から東へ徒歩10分ぐらいの場所にあるお寺。正式名は曹洞宗瑞雲山本光寺である。
 開基は三河十四松平の一つ、深溝松平の初代である松平忠定公で松平家の菩提寺でもある。特にこの寺はアジサイでも有名で、別名「アジサイ寺」とも呼ばれている。
 その、アジサイの咲きほこる参道を進むと、右手に古めかしい小さな鎮守社があり、朱塗りの山門(薬井門)に出会う。山門をくぐると左手が西廟所、右手が東廟所で、どちらも松平家の霊廟である。
 山手の奥には方丈風で横に長い本堂の建物がある。軒下には松平忠利公が厄災消除のため作らせた、金銀銅をとりまぜ鋳造された梵鐘がつるされている。
 本尊は釈迦如来、脇侍である地蔵菩薩と千手観音菩薩は運慶の作と言われている。
 アジサイだけでなく、梅や椿も美しい寺である。
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2007/8/3


湯之宮棒踊り Yuno-miya-bou-odori Bo Odori at Yunomiya Shrine

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 湯之宮棒踊り(ゆのみやぼうおどり)は、宮崎県児湯郡新富町上富田の湯之宮神社にて毎年11月8日に舞われる踊りである。
 慶長二(1597)年、朝鮮出兵した勇猛果敢な島津兵をたたえた踊りで、明治二〇(1887)年頃、本町の今町地区に伝わったものを伝習したといわれている。
 一時期は中断していたが、昭和四九(1974)年、湯之宮地区の人々が保存会を結成して、復活した。
 旧島津藩に広く分布する棒おどりの一つであり、四人一組で6尺棒を打ち合う姿は勇壮そのもの。
踊りの種類には「六人立」「切りまぜ」「棒踊り」の3種類があり、音頭、鐘、太鼓が加わる。
 湯之宮棒踊りは、昔から御田植祭や、農耕、祝事、神事の時に奉納されてきた、地域を代表する民俗芸能である。
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2007/7/30


本成寺 節分鬼踊り Honjou-ji Setsubun-oni-odori 

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 節分鬼踊り(せつぶんおにおどり)は、全国で行なわれている節分豆まきの行事と同じく、法華宗総本山本成寺で行なわれる節分行事の一環である。
 本成寺は山号を長久山と号し、日蓮大聖人の法孫、日印尊聖人によって永仁五(1297)年に開創されたと伝えられる歴史の長い寺で、地元民のみならず、全国の信徒の信仰も厚い。
 行事では、鋸・斧などの刃物をふりかざす赤・緑・黄・青・黒の鬼どもと三途川婆(そうずかば)を、その年の年男、年女が豆を投げて退散させ、一年の平和と安全を祈る。
 豆を投げられて本堂から逃げ出した鬼どもは、境内にある「鐘楼堂」に逃げ込んで、鐘を撞いて改心するのだという。
 戦国時代に、戦乱に乗じた略奪兵を、本成寺の僧侶と農民達が力を合わせ退散させたという古事にのっとって行なわれたのが「鬼踊り」の起源だとされている。
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2007/7/26


富山観音堂 Tomiyama-kannon-dou 

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 富山観音堂(とみやまかんのんどう)は、宮城県宮城郡松島町手樽の大迎寺が所有する建物である。奥州三観音の一つと言われ、町の文化財に指定されている。
 大同年間(806~10)、坂上田村麻呂が、慈覚大師作の観音像を安置したことから始まると伝えられる。
 三間四方の下部の石造りが珍しく、堂内には高さ一寸八分の本尊・観世音菩薩のほかに、武人姿の田村麻呂将軍の木造が安置されている。
 慶長9(1604)年、二代仙台藩主の伊達忠宗が現在残る堂を再建した。
 また観音堂のとなりには、伊達政宗の長女五郎八姫の寄進した梵鐘が残る。
 富山観音堂は、松島四大観の一つとされる松島の展望を誇る古寺である。
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2007/7/23


じゃんがら念仏踊り Jangara-nenbutsu-odori Jangara Nenbutsu-odori (Buddhist invocation dance)

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 じゃんがら念仏踊り(じゃんがらねんぶつおどり)は、福島県いわき市に伝わる、8月の旧盆時期に行われる伝統芸能である。市の無形民俗文化財に指定されている。
 江戸時代、いわき四倉出身の名僧・祐天上人(1637~1718)が、信仰心の薄いこの地方の庶民に誰でもわかりやすく念仏を唱えさせようと「南無阿弥陀仏」の言葉を歌の節にあわせて唱えさせたのが始まりといわれている。
 この1年間に亡くなった新盆の家庭を廻り、鐘や太鼓でにぎやかに仏様を供養し家族を慰めるもので、浴衣姿にたすき掛けの若者らが、新盆の家々を回り、独特のリズムと踊りで霊を慰める。
 市内には約100の団体があり、地域に根ざして活動している。基本的な動きは共通だが、細部についてはそれぞれに違いがある。
 じゃんがら念仏踊りは、いわきの風物詩といえる伝統芸能である。
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2007/7/9


日向ひょっとこ夏祭り Hyuuga-hyottoko-natsu-matsuri 

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 日向ひょっとこ夏祭りは、宮崎県日向市に伝わる郷土芸能「日向ひょっとこ踊り」を中心とした祭りである。
 毎年八月第一週の土曜日に開催されており、昭和五九(1984)年に第一回が開催されて以来、日向市を代表する一大イベントとして、周辺地域の夏の風物詩になっている。
 踊りそのものは、江戸末期から明治初期にかけて、日向の開業医であった人物によって伝えられたといわれている。
 赤い着物を羽織り、白い帯とふんどしを締め、頭にはマメシボリの手ぬぐいを結わえて狐やひょっとこ、おかめの面をつけてユーモラスに踊り歩く。
 笛や鐘、太鼓の軽快なリズムに乗って体全体をコミカルに動かすその踊りは見ているだけでも楽しいものである。夕方には県内外からの参加者1000名にものぼるひょっとこ達により、市街を練り歩くパレードも行われている。
 ユニークな面をつけ、軽快に踊る楽しいその祭りには、豊作や商売繁盛などの庶民の切なる思いが託されている。
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