NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/8/14


内子町 三嶋神社 Uchiko-cho Mishima-jinja 

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 内子町(うちこちょう)の三嶋神社(みしまじんじゃ)は、愛媛県喜多郡内子町にある神社である。祭神は大山積命、高おかみ神。
 和銅五(712)年、創建されたと伝えられる。拝殿内部には佐藤秀文の絵馬をはじめ、多くの絵馬が掲げられている。
 天正五(1568)年と寛保三(1743)年の2度にわたって焼失するが、それぞれ大野山城守、加藤出羽守らの支援で再建された。
 境内には、県の天然記念物に指定されている「乳出の大イチョウ」と呼ばれる推定樹齢1300年、根回り15m、高さ45mの大樹があり、幹に垂れ下がる気根の皮を煎じて飲むと乳の出がよくなるという言われている。
 更に、「三島神社の兄弟かや」と呼ばれる樹高約25mと30mの二本の大かやがあり、共に推定樹齢は700~800年とされ、町の天然記念物に指定されている。
 内子町の三嶋神社は、大樹で有名な古社である。
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2007/5/31


大美輪の大杉 Ominowa-no-oosugi The Big Cedars of Omiwa

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 山形県最上郡金山町の田茂沢にある杉の群生地にある巨木。
 もともと伐採を目的として植えられたもの。植林された杉としては日本最大級といわれ、128本もの巨木郡を形成している。
 歴史は江戸時代といわれ、当時から「苗木などを植える制度」があった。
 この「大美輪の大杉」は樹齢230年ほどであり、1764年頃に植林したものと推測されている。
 この地は、冬に降雪が多い地区である。2006年5月、豪雪のため傾いてしまった、樹齢250年の杉6本を公開伐採した。
 その杉の切り口は、大きく圧倒されるものである。6本中2本は、高さ50メートル、直径80センチにもなる巨木が切り倒された。
 250年の歴史を感じさせるものである。
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2007/2/15


大野寺 Oono-dera Ono Temple

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 大野寺は奈良県宇陀市室生区に位置する真言宗室生寺派の寺院。山号は楊柳山。室生寺の末寺であり、西に位置したことから「室生寺の西門」とも呼ばれた。
 白鳳九(681)年、役行者が開基。天長元(824)年、空海が堂宇を建て慈尊院弥勒寺と称したが、地名から大野寺と称されるようになった。
 宇田川を挟んだ対岸の屏風ケ浦に刻まれた弥勒下生線刻大磨崖仏は、承元元(1207)年に宋人の石工、伊行末(いのゆきすえ)により作られたもので、日本最大の線刻磨崖仏である。
 境内には樹齢300年になる小糸枝垂桜の巨木を始め、紅枝垂桜が多く立ち並び、春先には満開の花が咲き誇る。
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2007/2/14


高天彦神社 Takamahiko-jinjya Takamahiko Shrine

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 高天彦神社は奈良県御所市、金剛山中腹に位置する古社である。
 祭神は高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)別名は高天彦神(たかまひこのかみ)、葛城氏の祖神とも言われ、神社裏にそびえる白雲峯(694メートル)が御神山として古くから祭られている。
 日本神話における天孫降臨の地である、高天原であるとの伝承が伝わる。
 急勾配の参道にはうっそうと茂った巨大な杉が立ち並び、いにしえの荘厳さを今に残している。
 参道下に立つ鶯宿梅(おうしゅくばい)は奈良時代、若くして亡くなった小僧を悲しんでいた師の前の梅の木に鶯が止まり、和歌を読んで鳴いたことからその名が付いたとされ、春先には見事な花を咲かせ、古道を彩る。
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2007/2/5


大杵社の大杉 Oogosya-no-osugi 

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 大杵社は宇奈岐日女神社(うなぎひめじんじゃ)の末社で、草創は本社の六所宮と同じ景行天皇の時代と云われている。
 ここには鬱蒼と茂る大杉が何本もあり、昼でも暗いほど杉木立に覆われている。その中でも一際大きい「大杵社の大杉」は1934年に国の重要文化財に指定され、根元の周囲が13・3メートル、高さは38メートル。根元には畳3枚ほどの空洞があり、樹齢は1000年以上と言われている。
 この空洞に1897年の大晦日、ごみ焼き火が入り2年2ヶ月と2日も燃え続け、「煙が幹の30メートル上部の穴から噴出した」と伝えられている。
 一時はこれでおしまいかと思われた大杉。しかし、この空洞内に巣食っていた害虫が炎と煙で殺菌されたのか、前よりも勢いが増したとも言われている。
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2007/1/24


ブナ平立山のスギ Bunadaira-tateyama-no-sugi The Tateyama Cedar on Beech Plain

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 「ブナ平立山のスギ」は、黒部立山アルペンルート脇にある立山スギの巨木。林野庁が選定する「森の巨人たち百選」に選ばれている。   
樹高は21メートルと決して高くはないが、幹周りは9.4メートルを誇る。立山に生息するスギ達はどれも背が低く、それでいて幹は太い、いわゆる「台スギ」の特徴を示している。この「ブナ平立山」は2本が合体したものか、分かれて成長したものかは定かではないが、実際に根元に立つと、その迫力に圧倒される。まるで木の精霊が宿っているかのような妖気を放つ。
 このスギを見にいくには弥陀ヶ原高原の入口にある美女平からブナ坂まで続いている自然観察道を登っていくとよい。このスギ以外の立山スギも見られ、名もない素晴らしいスギがブナに混じって次から次へと現れ、この森の奥の深さを感じさせてくれる
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2007/1/23


椋本の大椋 Mukumotono-Oomuku The Giant Aphananthe Tree of Mukumoto

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 椋本の大椋(おおむく)は、三重県安芸郡芸濃町にある、国指定天然記念物の木である。
 樹齢1500年以上、高さ18m余、周囲8mの椋の巨木である。兵庫県、三日月の椋に次いで全国で2番目の大きさを誇る。
 かつては北側に更に大きな幹が生育していたが、明治初期の暴風により折れてしまった。
 この倒壊により、幹の大きさは約半分になったとも伝えられる。その頃の幹周りは、なんと14mほどもあったらしい。
 嵯峨天皇(809〜822年)の頃、征夷大将軍坂上田村麻呂の家来、野添大膳父子が伊勢路を流浪し、この地に逃れた時、巨大な「椋」の木を見つけ、その下に草庵を作って住んだと伝えられる。
 悠久の時と樹の生命力が作り上げた主幹はただならぬ姿であり、強烈な印象と風格を感じさせる。
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老谷の大ツバキ Oidani-no-ohtsubaki The Giant Camellia Tree of Oidani

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 富山県老谷の「大ツバキ」は老谷の奥深く、山峡の開けた高台の雑木林の中に立つ巨木。幹回りは最大3.87メートルもあり、単独樹幹では日本でも屈指の巨木だと言われている。
 枝張りは、東西に7.9メートル、南北に11.0メートルの広がりを持ち、その面積は約51平方メートルにもおよぶ。天空に向かって縦横に伸びる枝ぶりはきわめて神秘的で、枝と枝が絡み合うかのように接合・癒着している様はまるで木の精が宿っているかのように荘厳だ。
 このような枝ぶりになったことについて古くからの言い伝えが残る。その昔、池田城に仕えた武士が無実の罪で打ち首になった。その妻は悲しみのあまり死んでしまったが、墓標の代わりに植えられたツバキが不思議なほど成育がよく、池田城主を恨むかのように枝を固く交差させた。やがて池田城は落城したが、これと前後してツバキの成長は遅くなった、というものである。
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