NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/7/30


青森 最勝院 Aomori Saishou-in 

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 最勝院(さいしょういん)は、正式には、金剛山光明寺最勝院(こんごうさんこうみょうじさいしょういん)と呼び、仏教教典「金光明最勝王経」に由来した名前で、五穀豊穣、国家安泰等の願いが込められている。
 本州最北の国指定重要文化財・五重塔があり、現在、金剛山最勝院の所属であるが、昔は連光山大圓寺の所属であった。
 津軽為信が津軽統一の際に戦死した将士らを、敵味方区別なく供養するために、大圓寺第六世の京海が建築した。
 当時の大圓寺の本堂が、現在、護摩堂と名前を変え、明和九(1772)年に奉納された本尊、牛頭天王(ごずてんのう)尊がそのまま残っている。
 塔自体が、高台にあり、総高は31・2メートルあるため、非常に安定感に富んだ美しい形を楽しむことができる。
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2006/12/17


大阪金剛簾 Osaka-kongou-sudare Osaka Kongo Bamboo Blinds

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 簾(すだれ)の起源は、平安時代に遡る。万葉集の歌の中にも簾が登場している。宮中での間仕切りや、飾りに使用されていた御簾(みす)というものが、現在の簾の原型と言われている。
 大阪での簾作りは、明暦元年(1655年)頃に、新堂村(今の富田林市若松町)で始まったとされている。
 金剛山の麓に自生する良質な竹を用いて、現在の産地が形成された。
 天然の真竹を使い、製造工程は大きく、「竹ひご作り」「編み上げ」「仕上げ」に分かれる。手作業で行われる理由は、自然の竹は色合い、節の間隔がそれぞれ違い、それを美しく仕上げるには、竹の微妙な違いを判別するために、人の目が必要とされるからだ。
 情緒、風格、機能を兼ね揃えた大阪金剛簾は現在でも室内の日よけや、仕切りとして用いられている。
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2006/12/15


金剛山 Kongou-zan Mount Kongo

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 金剛山は奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村との境目にある山である。標高1125m・日本二百名山。修験道の改組、役行者(えんのぎょうじゃ)が修行した山として知られる。
 金剛生駒紀泉国定公園内に位置する。日本有数の登山者数を誇り、その登山者数はあの「富士山」と争う程である。
 その金剛山の特徴として、「年中を通じて登ることができる」ことが上げられる。四季折々での自然の豊かさに圧巻である。冬の朝に登ることを勧める登山者は、山頂付近のブナ林で見られる美しい霧氷などがその理由と言う。
 周辺には太平記の英雄楠木正成の城であった千早城、上赤阪城、下赤阪城の城跡や楠木公誕生地などの史跡が点在している。
 中腹にある展望台からの見晴らしも素晴らしい。手前には低く大地が開け、幾重にも山並みが重なり、その後方には東南方向に走る大峰山脈が連なる。
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