NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/10/2


母智丘神社 Mochio-jinja 

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 母智丘(もちお)神社は宮崎県都城市にある神社。創建は定かでない。祭神は豊受姫神。「巨石群」で知られており、境内には至る所に巨大な石がごろごろとある。
 江戸時代には「稲荷石」と「ほら穴」が知られていたという。明治3年、三浦通庸が母智丘に参拝したおり、荒廃をみかねて再興を行った。再興工事中、火山の噴火によって飛ばされたと思われる巨石群が発掘された。石器時代にはすでにこの巨石群があったとされ、信仰の対象、もしくは石採取場として、このあたりで生活していた人類と深く結びつくものでないかとされている。
 その中でも「陽石」「陰石」と呼ばれる世にもめずらしい巨石が祀られており、「稲荷大石」とともに信仰の対象となっている。
 参道の桜並木は「日本の桜名所100選」のひとつである。
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2007/11/5


飯野山(讃岐富士) Iinoyama(Sanukifuji) Mt. Iinoyama (Sanuki Fuji)

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 飯野山(いいのやま)は四国の讃岐平野にあり、香川県丸亀市と坂出市にまたがる円錐形の美しい山である。標高は約422メートル、別名・讃岐富士(さぬきふじ)と呼ばれている。
 飯野山はその見栄えのよさから多くの歌人が歌に詠んでいる。古くは西行法師や高浜虚子が、近年では昭和天皇が「暁に駒をとどめて見渡せば讃岐の富士に雲ぞかかれる」と詠まれ、頂上にはその歌碑が建てられている。
 山中ではフジ、ボタン、ハギの花々など四季折々の植物を楽しむことが出来る。また、山頂までの道のりには巨石や巨岩が連なる「おじょもの足跡」がある。おじょもとは昔話の大男の名で、この大男が残したものだという言い伝えがある。
 山頂からの眺めは素晴らしく、猫山、大高峰、大麻山など、讃岐平野の山々の連なり、遠くには瀬戸内海や瀬戸大橋も見ることが出来る。
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2007/10/15


山田薬師 Yamada-yakushi 

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 奈良時代の僧・行基によって開かれたとされ、新四国曼陀羅霊場・第五三番札所でもある善福寺(ぜんぷくじ)。そこには日本三大薬師のひとつ「山田薬師(やまだやくし)」がある。
 天平年間(729~749)、宇和に天然痘が流行し、多くの死者が出た。困った群主が神に祈りをささげると、行基にすがるようにと告げられ、群主は行基に仏像の彫刻を依頼した。彫り上げられた薬師如来像を山田に安置すると、猛威を振るっていた天然痘はぴたりと止んだという伝説が残る。
 行基は後に朝廷より菩薩の称号が与えられ、行基菩薩と言われるようになった。安置されている薬師如来像は行基菩薩作とされている。
 また、昭和三八年の豪雨で本堂脇の岩山が崩れ落ちた際、本堂は岩の下敷きになったが、像はお堂の外に飛び出し傷一つなく無事だったという話も残る。巨大な岩は今も本堂のすぐ傍にある。
 四月八日の「花祭りの日」には屋根を花で飾った花御堂が作られ、家内安全・無病息災を祈願する人たちで賑わう。
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2007/10/5


高山のメンヒル Takayama-no-menhiru 

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 大洲市西方の高山(たかやま)地区には、不思議な物体が存在する。「高山のメンヒル」と呼ばれる巨石で、「メンヒル」とはラテン語で「長い石」を意味する。高山寺山の中腹にある民家内にデンと構えるこの巨大な石は、地面からの高さ4・75m、幅2・3m、厚さ0・65mもあり、先端が丸くなった緑色片岩である。石の正面は真東を向き、その遠方には左に神南山、右に冨士山(如法寺山)が並び、山の向こうから太陽が昇る。実際にこの石が何に使われたものか分かっていないが、2千数百年前、古代人が信仰のシンボルとして立てたのではないかとみられている。フランスのブルターニュ地方にも、同様のものが多く存在するという。石の大きさは東洋一という説もあるが、確認されていない。昭和三一(1956)年、大洲市の史跡に指定された。
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2007/8/3


可愛岳 Eno-dake Mt. Enodake

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 可愛岳(えのだけ)は、宮崎県東臼杵郡北川町から延岡市にまたがる標高728mの山である。
 延岡市内から北を眺めれば、どこからでもその雄姿を正面に見ることが出来、山頂からの見晴らしも良く、千丈覗(せんじょうのぞき)からの海側も絶景とされる。
 西郷隆盛率いる薩摩軍の「可愛岳突破」で有名な、東西に長い山頂部を持つ花崗岩の岩山で、登山口には、西南の役で和田越えの戦いに敗れた西郷軍が最後の軍議を開いた屋敷が、西郷隆盛宿陣跡資料館として残っている。
 小さな滝のある水飲み場、巨岩巨石に古い石垣跡の前屋敷などがあり、山頂の鉾岩はニニギノミコトの御陵とされ、崇神天皇の御代に社殿をここに建て、可愛山大権現社と称した。
 毎年11月3日に日本一遅い山開きがあり、福岡、大分方面からの参加者で大いに賑わう。
 可愛岳は、西郷隆盛に縁の深い自然豊かな山である。
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2007/6/13


大鰐町 石の塔 Oowani-machi Ishi-no-tou 

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 大鰐町(おおわにまち)の石の塔は、青森県南津軽郡大鰐町早瀬野にある高さ24m、周囲74mの巨石である。
 青森・秋田県境の山中にあり、江戸時代には天から降ってきたものと信じられていた。
 巨石神信仰が、仏教の薬師如来が降臨した「石の塔薬師」であると混淆(こんこう)され、石の霊力が人の病気や災いを払うと信仰されてきた。
 この石の塔を神体として祀る久須志神社「石の塔薬師堂」が石の根元に建っている。
 津軽地方では「石の塔を見ないでホラを言うな」という言い伝えがあり、大鰐町では毎年旧暦の4月8日の石の塔の例祭日に「万国ホラ吹き大会」が行われている。
 大会は、参加者が考えた奇想天外な話や夢物語が披露され、抱腹絶倒のホラで大いに盛り上がる。
 大鰐町の石の塔は、眼の神様として今でも篤く信仰されている。
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2007/5/24


帯石観音 Obiishi-kannon 

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 帯石観音(おびいしかんのん)は山口県の嵩山(たけやま)中腹の観音堂そばにある巨石である。正しくは曹洞宗帯石山普門寺。
 弘法大師がここで霊石を見出し千手・不動・毘沙門の三尊を安置、巨岩に「南無阿弥陀仏」と刻み帯石と呼ばれるようになったといわれている。
 岩肌の帯を巻いたような筋が妊婦の岩田帯によく似ていることから、安産祈願の観音様として名高く、岩田帯を持参してお払いをうける人が遠方からも絶えず訪れている。
 境内はサクラの名所としても知られており、早春のシダレザクラを初めソメイヨシノ、ヤエザクラ、珍しい緑色のウコンザクラが4月末まで咲き乱れ、穏やかに春を彩る。
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2007/5/23


山梨 丹波渓谷 Yamanashi Taba-keikoku Taba Gorge

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 丹波渓谷(たばけいこく)は山梨県北都留郡丹波山村を流れる、丹波川上流の渓谷を指す。
 多摩川源流となる豊富な水と急流に奇岩が連なる。武田信玄滅亡の折、金山の秘密がもれるのを防ぐ為、淵に掛けた吊橋の上で踊る女性を、吊橋の蔦を切り沈めたという悲劇伝説の残る花魁淵(おいらんぶち)や、巨石が連なる滑瀞(なめとろ)など、見所も多い。
 遊歩道が無いため、併走する国道411号線から望む形になるが、展望台や茶店などから眺望を楽しむことが出来る。
 秋口には山間と川面がまばゆいほどの紅に染まり、鮮やかな紅葉を見せる。
 近隣には丹波山温泉のめこい湯や、日本一のローラーすべり台などが併設されており、大人も子供も楽しめる景勝地として人気が高い。
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