NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/5/22


長尾寺 Nagaoji 

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 天台宗。ご本尊は、聖観世音菩薩。
 遍路八七番目の札所である。
 寺伝によれば、聖徳太子が開創と伝えられており、天平十一(739)年に行基がこの地で、霊感を得て聖観世音菩薩を彫り安置をしたと伝えられる。
 当初は、法相宗であったが、天長年間に真言宗となり、その後に天海によって天台宗に改められた。
 源義経の側室である静御前が得度した寺ともされており、位牌や、剃髪した際の髪を埋めた塚も残っている。
 毎年1月2日には、三味線のお囃子にあわせて餅をつく「三味線餅つき」や、1月7日には、そのついたもちを運搬できる距離を競う「大鏡餅運搬競技」等が行われる。
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2007/4/17


上野東照宮 Ueno-toushouguu Ueno Toshogu Shrine

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 上野東照宮は、東京都台東区の上野公園内にある神社である。祭神は、徳川家康、徳川吉宗、徳川慶喜とされる。
 元和二(1616)年、危篤の家康は、自分の魂が末永く鎮まる所を作ってほしいと、藤堂高虎と天海に遺言したとされる。
 寛永四(1627)年、上野東照宮は、遺言に従い藤堂高虎が上野の自分の敷地内に創建した。現在の社殿は、慶安四(1651)年に家光が改築したものである。
 入口には石造りの明神大鳥居、参道両側には諸国大名から寄進された200基の石灯篭、48基の青銅製灯篭が並んでいる。
 本殿、拝殿、唐門など重要文化財も多く、弊殿には家康ゆかりの品も主事している。また、併設の牡丹園では、冬ボタンと春ボタンの両方を見ることができる。
 上野東照宮は、静かさの中に歴史を感じさせる場所である。
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2007/4/16


川越 喜多院 Kawagoe Kitain Kawagoe Kitain Temple

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 川越の喜多院は、埼玉県川越市小仙波町にある天台宗の寺である。本尊は阿弥陀如来で、関東三十六不動28番とされる。別名、川越大師とも言われる。
 天長7(830)年、淳和天皇の命で慈覚大師円仁が建立し、当初は無量寿寺と号した。
 永仁4(1296)年、尊海が慈恵大師を勧請して無量寿寺を再興し、北院・中院・南院となる各房が建てられたが、中院、南院は戦国末期に滅びた。
 天正16(1588)年、天海が入寺し、寺を喜多院と改めた。
 寛永15(1638)年、火災で山門以外の伽藍を焼失するが、翌年、徳川家光の命で、江戸城御殿の一部を移築した。
 現在、喜多院は多くの文化財を所持し、正月3日には初大師・だるま市が立ち、五百羅漢などの見所も多く、参詣する者が後を絶たない寺院である。
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2007/2/22


大杉神社 Oosugi-jinjya Osugi Shrine

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 茨城県稲敷市阿波にある神社で,通称 あんばさま。旧社格は郷社で、第二次大戦後別表神社となった。関東・東北地方に分布する大杉神社の総本社である。「大杉」の社名は、境内の大杉を神体としていることによる。
 創建は神護景雲元(767)年と伝えられ、仁治2(1241)年に京都の今宮神社から大己貴命・少彦名命を勧請し合祀した。
 江戸時代以降、疱瘡除けや水上交通の神として、関東一円、東北の大平洋側に信仰が広がった。
 江戸初期、江戸崎不動院にあった僧天海は、東條の浦に船を浮かべ裏の東に鎮座する大杉大明神を勧請、みごと雨を降らせるという修法を行い奇跡を示し、江戸城の鬼門守護に当社をあて自らも別当安隠寺の住職となる。こうした縁で日光山輪王寺の直兼帯寺院となっている。
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