NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/6/24


大野勇太郎 Oono Yuutarou Yuutarou Ohno

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 1935年、東京都生まれ。株式会社大野精密・代表取締役社長。
 北豊島工業高校卒業後、8ミリカメラ製作会社へ入社。1978年に歯車製作の株式会社大野精密を起業。大野氏は江戸時代のからくり人形を高精度の歯車製作の技術を駆使して現代に蘇らせている。
 工学書で「からくり人形」の存在を知ったことをきっかけに、細川半蔵の著書「機功図彙(からくりずい)」という解説書の複製を入手。本業の合間に解読を進め、それから約二〇年もの間、茶運び人形・指南車・からくり時計などを作り続けている。細川半蔵とは江戸時代に「からくり半蔵」と呼ばれた技術者である。
 顔と衣裳を除いた、約八〇点ほどの部品を使い組み立てられる人形は、なるべく当時の方法を残すようにして作られているという。江戸時代と現代が融合した機能美がここにある。
 今後は弓を引いて的に当てる「弓張り童子」の復元をしたいという大野氏。江戸時代の先達に敬意を持ちながら、からくり人形を通じてものづくりのロマンを現代に伝え続けている。
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2008/3/31


ずいきまつり Zuiki-matsuri Zuiki Festival at Mikami Shrine

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 滋賀県野洲市にある御上神社(みかみじんじゃ)では、毎年一〇月の第二月曜日に、「ずいきまつり」という例祭が行われている。
 御上神社は三上山の西にある神社で、三上山を神体山とし、天之御影神(あめのみかげのかみ)を祀っている。深い緑に囲まれて楼門、本殿、拝殿が並んでいる。中でも七百年前に建造された本殿は、神社・仏堂・御殿の三様式が融合した「御上造」と呼ばれる大変珍しい建物で、国宝に指定されている。
 「ずいきまつり」は、主にずいき芋(里芋)の茎を使って五基の神輿を作り、それを柿の葉や野菜などで飾り付け、五穀豊穣を感謝して神社に奉納する祭りで、四百年以上の歴史を持つ。平成一七(2005)年二月に国の無形民俗文化財に指定され、伝統行事として引き継がれている。
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2008/3/19


和柄オーダーメイドスニーカー Wagara-oudameido-sunika 

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 スニーカーは靴底にゴムを使用し、素材の柔らかさや履きやすさが幅広い年齢層に人気の運動靴である。足を覆う部分にキャンバス地を使用している、キャンバススニーカーは汗を吸収しやすく、気軽に水洗いも出来るので、清涼感が人気である。
 今そのキャンバス地の柄を自分で選べる、オーダーメイドスニーカーが人気である。
 和柄が特に人気があり、浮世絵、草木絵柄、古典花絵柄、家紋、青磁など、豊富な種類に驚かされる。自分だけの和柄オーダーメイドスニーカーが特別注文できる。
 模様は時空を超える。時間を潜り抜けてきた模様たちが、アスファルトの上のスニーカーに蘇る。
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2008/1/24


加藤卓男(人間国宝) Katoutakuo 

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 六代・加藤卓男(かとうたくお・1917~2005)は、美濃焼の陶芸家である。色釉(いろぐすり)を施した鮮やかな文様「三彩」の作品で知られる。
 大正六(1917)年、五代・加藤幸兵衛の長男として、岐阜県多治見市に生まれる。多治見工業高校卒業後、京都国立陶磁器研究所陶芸科にて研修を受ける。
 その後広島にて被爆、暫く静養を続け、昭和三〇(1955)年頃より本格的に陶芸を開始、翌年に第一三回日展に入選。
 昭和三六(1961)年、フィンランド政府の招聘を受けフィンランド工業美術学校に留学。中東各地を訪ねた際、ペルシア陶器に興味を持ち、ペルシア古陶の発掘調査に参加するなど、様々な研究により、一七世紀に滅んだラスター彩の再現に成功、また青釉・三彩の研究にも取り組み、異民族文化と日本文化との融合に成功した。
 昭和五五(1980)年、宮内庁正倉院より正倉院三彩の復元を委託され、約九年かけて「三彩鼓銅」「二彩鉢」を完成させる。平成七(1995)年、人間国宝の認定を受ける。
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2008/1/17


のれん 淡雪 Noren Awayuki 

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 「暖簾(のれん)」とは、お店の軒先や出入り口に吊るしたり、日除け、風除け、魔よけなどの目的で吊るされる、布製の垂れ幕のことをいう。
 日本独自の伝統・文化として、昔から家々のいたるところに張られ、特に商家にとってはお店の象徴として、のれんは重要な役割を果たしてきた。
 ショップ「羅工房」では、モダンと古典の融合をコンセプトに、のれんや掛軸、タペストリーなどの和雑貨を、ひとつひとつ手作りで提供している。
 職人の仕事のぬくもりや、自然の恵みの素晴らしさなど、作品にこめられた粋と意気といった和の心が感じとれる。
 「淡雪(あわゆき)」とは、春先にうっすらと積もる、消えやすい雪のことをいう。こののれんは、麻の柔らかい素材に、ほのかに雪化粧した椿の花が上品に描かれており、飽きのこない作品となっている。
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2008/1/15


立川青風(たちかわせいふう) TachikawaSeihuu 

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 伊万里焼と異素材との融合で、陶芸宝飾という新しい世界を誕生させた異色の作家・「立川青風(たちかわせいふう)」。1952年、佐賀県伊万里市生まれ。
 1983年から陶芸宝飾品だけにこだわり創作を続けている。陶芸も宝飾も独学で、それ故の独特でオリジナルな世界を創りだしている。
 2007年にはタヒチ産黒蝶真珠の世界的造形コンテスト「タヒチアンパール・トロフィー」の国内審査で、メンズ部門1位を受賞するなど、世界的にも注目を集めている。
 400年の長い歴史を持ち、17~18世紀ヨーロッパの王侯貴族を魅了したという伊万里焼。その、歴史と伝統を礎に現代の技術と感性を取り入れて、全く新しいものを作り出す想像力が、日本文化の発展に力を与えているのではないだろうか。
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2007/12/25


「タケフナイフビレッジ」キッチンナイフArtus Takefunaifubirejji Kicchin-naifu-Arutasu ARTUS Kitchen Knife by Takefu Knife Village

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 タケフナイフビレッジは、七百年の伝統を誇る刃物の一大産地「武生(たけふ)」で、地元の打刃物職人達が昭和五七(1982)年に作り上げたブランドだ。
 そのブランドから、地元出身のデザインディレクターである川崎和男の協力の下、昭和五八(1983)年に発表された包丁が「キッチンナイフArtus」である。
 刃部は従来の包丁を踏襲しつつ、その刃部からグリップまでを一体化させたシンプルなもので、衛生的で斬新な、デザイン性の高い商品となっている。
 また、武生に古来より伝わる「火造り鋳造」により、手作りで鍛造した鋼をステンレスで挟み込んだ三層構造を実現させ、切れ味と錆び難さを両立させている。
 ブランドが掲げる、手作りの良品を目指した七つのポリシーと武生の刃物造りの伝統、そして川崎和男による卓越したデザインが三位一体となって誕生したキッチンナイフであり、誕生から二〇年以上を経た今も、モデルチェンジをすることなく当時のデザインのまま、造り続けられている。
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人工心臓 Jinkou-shinzou Artificial Heart

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 「もし人工心臓を入れるのなら、痛くなく、かっこいいものにしたい。」デザイナーは、体内という外からは見えない人工臓器に対して、機能の向上性と美意識を求めた。
 それを可能に近づけたのが光造形という技術だった。光造形とは三次元CADデータを紫外線を使い、樹脂を立体物に成型するシステムである。空想上存在していた「だまし絵」のような複雑なかたちのものを、正確に現実の世界に成型することが可能。
 最先端の技術開発における近年のキーワードとして「融合」という言葉があげられる。これまで「壁」となってきた限界を、異分野の発想や技術と融合させることで、打ち破る。この人工心臓は、心臓移植に変わるものとして、その開発にあたっても今までの医療の分野を超えた視点から取り組まれている。
 今後のアプローチに期待がかかる。
 
■デザイン・ディレクター/医学博士
 川崎和男
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