NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/1/17


のれん 淡雪 Noren Awayuki 

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 「暖簾(のれん)」とは、お店の軒先や出入り口に吊るしたり、日除け、風除け、魔よけなどの目的で吊るされる、布製の垂れ幕のことをいう。
 日本独自の伝統・文化として、昔から家々のいたるところに張られ、特に商家にとってはお店の象徴として、のれんは重要な役割を果たしてきた。
 ショップ「羅工房」では、モダンと古典の融合をコンセプトに、のれんや掛軸、タペストリーなどの和雑貨を、ひとつひとつ手作りで提供している。
 職人の仕事のぬくもりや、自然の恵みの素晴らしさなど、作品にこめられた粋と意気といった和の心が感じとれる。
 「淡雪(あわゆき)」とは、春先にうっすらと積もる、消えやすい雪のことをいう。こののれんは、麻の柔らかい素材に、ほのかに雪化粧した椿の花が上品に描かれており、飽きのこない作品となっている。
Magic Garden
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大津絵 Ootsu-e 

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 大津絵(おおつえ)は、滋賀県大津地方の代表的な郷土みやげ品で、伝統民画と呼ばれる。その大半は、強烈な人間風刺がテーマになっている。
 江戸時代初期、東海道近江国追分あたりの名もなき画工が軒を並べ、街道を往来する旅人らに、信仰の対象として仏画を描き売ったのが始まりという。時代の変遷と共に世俗画、風刺画、人物画、風俗画へと転じ、また教訓的な和歌を添えたものも登場するなど、そのモチーフは百種類以上にのぼる。
 江戸時代を通じて東海道大津宿の名物となった大津絵は、文化・文政期(1804~1829)には「大津絵十種」と呼ばれる代表的画題が確定し、そこから「大津絵節」が生まれ、全国へと伝播していった。
 シンプルでのびのびとした描線、どこかユーモラスで風刺のきいた絵柄、そして独特の鮮やかな彩色が見る者を惹き付ける。現在は、紙に描かれたもののほか、絵馬やひょうたん、皿や掛け軸などもある。人間風刺という普遍的なテーマゆえに、いつの時代も民衆の心を捉えて離さない。
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2007/9/26


髙橋欣也 Takahashi kinya Kinya Takahashi

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 高度な絵画的表現力と、化学的な技法。友禅染は、世界に類を見ない芸術様式だ。
 京都の染工房、株式会社髙橋德は、約一〇〇年にわたり、老舗「染めの千總」と取引を行なってきた伝統を誇る。
 同工房ではこの伝統芸術を守り、「今を生きる友禅」を伝える試みを行なっている。世界のトップファッションデザイナー、山本耀司のドレス・ジーンズ等を手がけ、また著名アーチストのCG絵画から掛け軸や屏風等を製作した。さらに京友禅を塗り絵感覚で体験できる、手描友禅染教室を一般に開講している。
 「人々に受け入れられてこそ、伝統も技術も残っていきます。受け入れられるものとは何か、それをいつも考えています」と欣也さんは語る。
[→より詳しい記事を見たい方はこちら]
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2007/8/23


からくり乱杭渡り人形 Karakuri-rangui-watari-ningyou 

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 愛知県碧南地方に伝わる「からくり乱杭渡り人形(らんぐいわたりにんぎょう)」は高さの違う杭を、下駄履きの人形が何にもつかまらずに一本一本渡っていく、というものである。
 最後の杭まで渡りきった人形は、杭から離れ、松の枝先に掛けられた太鼓を叩き、「天下太平楽」の掛け軸を拡げるという一連の演技をする。
 からくり乱杭渡り人形は、二体で一対となっており、天明八(1788)年に名古屋の人形師・舟津藤吉より金七両二分で譲り受けたものである。
 あまりに精巧な動きに、海外公演では「足に磁石が付けられているのだろう」と疑われたほどであったその技巧は、現代においても目を見張るものである。昭和五九(1984)年には碧南市の有形民俗文化財に指定された。
 古くから山車からくりで、東海地方の祭礼余興の主役として演じられてきたからくり杭渡り人形は、現在では四体しか残されていない、大変貴重な人形であり、残すべき匠の技である。
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2007/1/9


京表具 Kyo-hyogu Kyo-hyogu (Kyoto Picture-Framing and Mounting)

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 寺院の仏具表具や床の間の書画掛け軸などでおなじみの表具。京都では、1200年の歴史に育まれて、独自の表具技術が継承され、今では、経済産業大臣の伝統的工芸品の指定を受けている。
 表装の歴史は古く、平安時代、仏教の伝来とともに中国より伝わり、経巻に施されたのがその始まりであった。その後、保存や鑑賞のために、書画などに布や紙などで縁取りや裏打ちなどをして掛け軸や額に仕立てたり、屏風や衝立、襖にする「表装」一般を扱うようになったという。
 今日、表装と呼ばれるものには、襖、壁装など現代の暮らしに即した実用的な分野と、掛軸、額装、屏風、画帖、巻物など美術工芸的なもの、さらには高度な技術と豊かな経験が要求される古美術の修復まで含み、それぞれが独特の雰囲気を保っている。
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2006/12/22


築地本願寺 Tsukiji-honganJi Tsukiji-hongan Temple

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 東京都中央区にある正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」と呼ばれる寺。
 元和3年(1617年)京都にある西本願寺の別院として建立された。火災や関東大震災を経て昭和9年(1934年)、現在のインド様式の建物に再建された。本堂には珍しいパイプオルガンが設置されている。
 外見を見る限り、とても日本のお寺というイメージはないが、寺の中にある本堂内は桃山様式の立派な本堂で、金色に輝く「阿弥陀如来像」や、木彫りの「聖徳太子像」、本願寺前宗主「勝如上人」が描かれた掛け軸などが置かれている。
 浄土真宗は親鸞聖人の導きであり、その教えを今も懇親的に伝えるお寺のひとつである。
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2006/11/27


床の間 Toko-no-ma Tokonoma (alcove room)

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  床の間とは、和室の客間の上座に位置する、掛け軸を掛けたり花を飾る場所のことを指す。
 床の間は、日本人の心遣いが表れている場所。もともとは偉い人の部屋で偉い人が畳の面より一段高くなった場所に座るという権威の象徴だったが、時代の流れとともに客人をもてなす場所の象徴へと変化していったのである。江戸時代には、庶民が床の間をつくるのは贅沢だとして規制されていたが、明治時代以降になると客間に床の間をつくるのが一般的になった。現在では掛け軸を掛ける風習も廃れ、畳の部屋でも床の間を省略することも多い。
 しかし、昨今ではデザイナーズマンションなどで部屋の一角に和室の空間が設けられることが増えており、また一部のインテリアグッズの店では、「床の間セット」が人気とか。「和」の心は時代を超えて人々の心を捉えてやまない。
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