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2008/4/4


花取り踊り(高知県斗賀野) Hanatori-odori (Kouchi-ken Tokano) Hanatori Odori in Tokano in Kochi Prefecture

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 高知県高岡郡佐川町斗賀野地区では、白倉神社と美都岐神社の二ヶ所で花取り踊り(はなとりおどり)が開催される。
 花取り踊りは中世から伝わる「太刀踊り」の一種。花取城という難攻不落の城の前で、寄手(よせて)は里人を集め、太刀を抜き踊ってみせた。盆踊りかと城の護衛が油断したところを攻め取った、という逸話から生まれている。
 一一月初旬の朝、ワラで作った実物大の馬が境内に据えられ、二人の天狗が長い竹棒を手に立つ。やがて太鼓のリズムに合わせて花傘をかぶり、青い衣装に太刀をもった踊り手が12名ほど並んで鳥居をくぐって現われる。続いて元気なお囃子とともに子供神輿が登場する。
 踊り手はしだいに輪になって境内を踊りはじめる。剣舞のようないでたちで躍動感あふれる踊りだ。その間二人の天狗はその間観客に近づき、からかう。
 踊りはおよそ一時間続き、最後に餅投げをして終了する。
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2008/3/6


南大門 金剛力士像 Nandai-mon Kongourikishi-zou 

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 東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の寺院である。本尊は盧舎那仏(るしゃなぶつ)。
 南大門(なんだいもん)は、鎌倉時代の正治元(1199)年に再建された東大寺の正門で、国宝に指定されている。
 俊乗坊重源が宋から伝えたといわれる、純粋な大仏様(だいぶつよう)方式で建築されており、全国に2棟しか現存していない。
 金剛力士像(こんごうりきしぞう)は、建仁三(1203)年に運慶・快慶他によって作られた高さ8.4mの巨大な木像であり、同じく国宝に指定されている。
 剛健なる姿、筋肉の躍動感あふれる造形美を持ち、息を吐き、手を開く開放型の阿形(あぎょう)、息を吸い、指を結ぶ姿の吽形(うんぎょう)の一対からなり、南大門の門内左右に配置されている。
 南大門の金剛力士像は、威厳と豪放さを備えた木像である。
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2007/12/28


棚沢獅子舞 Tanazawa-shishi-mai 

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 獅子舞は奥多摩地方に古くから多くの地域に伝承されている伝統芸能である。棚沢獅子舞(たなざわししまい)は毎年八月、熊野神社の祭礼に奉納されるものである。
 時期は定かでないが、文政年間(1819~1829)に、奥氷川神社の獅子舞から伝わったものが始まりといわれている。
 祭礼当日は早朝より、村内の拝所巡りが行われる。まず熊野神社で社殿を七周する「宮詣り」が奉納された後、山の神、愛宕神社、獅子宿、将門神社、不動堂、正法院などの舞を各地で披露し、熊野神社に戻ってくるという。
 構成は三匹獅子に花笠四名、囃子方三名、笛方、唄方各数人名ずつとなっている。唐草模様の衣装を身につけた獅子舞達の、躍動感のある舞は、勇壮で美しいものである。
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2007/10/12


甲州水晶貴石細工 Kousyuu-suishou-kisekizaiku Koshu Crystal Carving

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 「甲州水晶貴石細工(こうしゅうすいしょうきせきざいく)」は、山梨県内で作られる天然石を加工した美術工芸品や装身具の総称で、その研磨細工技術は長い歴史の中で発展し、国内ばかりか海外からも高い評価を得るようになった。
 平安時代、景勝地として知られる御嶽昇仙峡の奥地から水晶が発見された。当時は原石のまま飾って楽しんでいたが、次第に細工を施すようになり、江戸時代になると京都から職人を招いて玉造りの技法を学び、これが甲州研磨の基礎になっていった。戦後、輸出が急増し生産のピークを迎えたが、現在は国内向けに高度な技術を駆使した製品を提供。一部は皇室に献上されている。
 伝統の職人技は、自然が生んだ天然石の透明感あふれる色合いと輝きを最大限に引き出し、ただ美しいだけではなく、生命感や躍動感までを表現していて見事というほかない。
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2007/8/20


早川流八ツ鹿踊り Hayakawa-ryuu Yatsushika-odori 

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 早川流八ツ鹿踊り(はやかわりゅうやつしかおどり)は、伝統芸能が豊富な東北地方の中でも、最も古典的で格調高い踊りとされている。
 この踊りは約四〇〇年前、伊達領内に住む猟師、山立勘太郎が岩倉山に狩猟に出かけた際に、八頭の鹿が連れ立って腹を叩いて踊る様子を見て創作したとされており、八人一組が木彫の鹿頭に鹿の角、3・6mのささらを腰に差し、鹿の姿になって舞う。
 リズミカルな太鼓と笛の音、ストーリー性を重視した躍動感のある踊りは、仙台藩主伊達政宗公の心をもつかみ、毎年青葉城へ来て踊るようにと「行参」の2文字と伊達家の紋「九曜の星」が授けられた。
 祖霊供養と、魔よけの意味も込められた貴重な郷土芸能として今も変わらず伝承されている。
 昭和四六(1971)年に、宮城県指定無形民族文化財に指定された。
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2007/8/9


仙台すずめ踊り Sendai-suzume-odori Sendai Sparrow Dance Festival

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 仙台すずめ踊り(せんだいすずめおどり)は、宮城県仙台市宮城野区にて7月の終わりに行われている祭りである。
 慶長八(1603)年、仙台城新築移転儀式後の宴席で、泉州・堺出身の石工が、伊達政宗の御前で、即興で披露した踊りがはじまりと言われている。
 小気味良いテンポ、躍動感あふれる身振り、跳ね踊る姿が餌をついばむ雀の姿に似ている事や、伊達家の家紋「竹に雀」にちなみ、すずめ踊りと呼ばれる様になった。
 戦前までは石切町の石工の子孫によって伝承されてきたが、近年、市民の間に広がり、多くのグループが創られるようになってきた。
 現在は、扇子を体の前で大きく動かし、足を左右にぴょんぴょん跳る「はねっこ踊り」を基本とし、各グループそれぞれに工夫を凝らした振り付けを創作して技や美を競い合っている。
 仙台すずめ踊りは、夏の風物詩として親しまれている踊りである。
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2007/7/12


釜石よいさ Kamaishi-yoisa Kamaishi Yoisa Festival

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 釜石よいさ(かまいしよいさ)は、岩手県釜石市大町にて行われる祭りである。
 昭和六二(1987)年、釜石に住む若者を中心に、自分達の手で活気ある街を造る事は出来ないか、と1万人の虎祭り「釜石よいさ」を開催したのがはじまり。
 市内の目抜き通りは夕暮れ頃から歩行者天国となり、約3000人の踊り手が集まり、賑やかに釜石よいさの輪ができる。
 市内の幼稚園児によるかわいらしい「子どもよいさ」や、市役所職員らによる「よいさ小町」、先太鼓などが披露される。
 その後には参加団体ごとに趣向を凝らした衣装・山車が出る。
 「サーサ、ヨイヤッサー」の威勢のいい掛け声とともに、跳んだりはねたりとエネルギッシュなのが特徴とされる。
 釜石よいさは、釜石市民も観光客もみんなが総出で楽しめる、躍動感あふれる祭りである。
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2007/4/9


赤崎神社楽踊 Akazaki-jinja-gakuodori 

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 赤崎神社楽踊は、山口県長門市の赤崎神社で毎年9月10日に行われる踊りである。
 慶長元(1596)年、この地方に家畜の疫病が大流行した際に、牛や馬の守護神を祭神とする赤崎神社に祈願を行い、成就した事への礼として、舞を奉納したことが始まりとされる。
 頭に大きな花冠を付け、腰鼓を打ち鳴らす躍動的な舞であり、田楽踊りの派生と言われる。五組の楽組が存在していたが、現在は「月の前の伶楽」と「虎の手渡し」の二楽が伝えられている。
 赤崎神社楽桟敷という、国指定重要有形民俗文化財のすり鉢形の舞台で行われ、古風を留めた民俗芸能として現在も伝統が伝えられている。
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