NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/8/10


勝手神社 Katte-jinjya Katte Shrine

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 勝手神社(かってじんじゃ)は、奈良県吉野町吉野山にある神社である。祭神は、大山祇神・木花咲耶姫命ほか3神。
 吉野八社明神の一つとされる。
 672年、壬申の乱の折、吉野に兵を挙げた大海人皇子(天武天皇)が、この神前で琴を奏でていると天女が舞い、吉兆を示したという伝説がある。
 1185年には、雪の吉野山で源義経と別れた静御前が追手に捕らえられた際、この社殿の前で雅な姿で法楽の舞いをまい、居並ぶ荒法師たちを感嘆させたという話が伝えられている。
 社殿は火災による焼失後、安永5(1776)年に再建されたものであったが、2005年、不審火により再び焼失してしまった。
 現在は一部に当初の木肌を残すのみで、有形文化財としての復興は難しいと言われている。
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2007/6/11


関宿 Seki-juku Seki-juku Post Town

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 関宿(せきじゅく)とは、その名の通り「関所の宿場」であったところ。ただしこれは、江戸時代の関所ではなく、六七二年の壬申の乱の時に鈴鹿の関として固められたものである。越前の愛発(あらち)、美濃の不破(ふわ)とともに古代日本三関と言われていたが、七八九年に廃止されている。
 中世の頃は関氏の所領として、地蔵院を中心に門前町から宿場町へと変化しながら栄えた。
 慶長六(1601)年、徳川幕府の宿駅制により、品川宿から数えて四七番目の宿場となったのが、現在の関宿、三重県亀山市関町木崎・中町・新所だ。ここは東海道五十三次の宿場の中で唯一往時の町並みを残しており、昭和五九年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されて以来、その保存と、歴史的な町並みの特性を活かした新しい町づくりに取り組んできている。
 街並は東から4つの地区に分けられ、家並みの低い町家が続く木崎、本陣・問屋・旅籠が集まる中町、地蔵院門前の新所、寺社が集まる北裏と、それぞれ特徴を持っている。
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2007/1/25


吉野手漉き和紙 Yoshino-tesuki-washi Yoshino Handmade Japanese Paper

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 奈良県の代表的な伝統工芸である「吉野手漉き和紙」。宇陀(うだ)紙、美晒(みす)紙、国晒(くず)紙とも呼ばれ、すぐれた風合いとねばりの強さが特徴だ。奈良県の伝統工芸品にも指定されている。
 歴史は千三百年以上前に遡る。壬申の乱(672年)において吉野で兵を挙げた大海人皇子(おおあまのおうじ)(後の天武天皇)が国晒(くず)の郷人に紙漉きを教えたのがはじまりと伝えられる。
 吉野の紙が世に広まったのは、江戸時代に入ってから。大和宇陀町の商人が、全国的に売りさばいたため、「宇陀紙」と名づけられ、表装裏打ち紙として重宝されたのだとか。
 吉野の手漉き紙は、非常に薄くて丈夫。現在では、12戸の紙漉き家が伝統の技を守り抜き、表装用中裏紙や書道用紙、国宝修理用の紙を作り続けている。
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