NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/4/15


信楽焼 窓ふくろうあかり Shigarakiyaki Madofukurou-akari 

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 狸の置物で知られる信楽焼(しがらきやき)は、日本の伝統陶磁器である。
 温かみのある緋色の発色と、自然釉によるビードロ釉と焦げの味わいは格別で、炎が生み出す独特の焼き上がりは、まさに芸術といえる。
 ふくろうは幸せを呼ぶ鳥とされ、苦労知らずの「不苦労」、福を呼ぶ「福朗」などの当て字があり、縁起が良い。
 また、ふくろうの首が360度近く回る事から、先を見通し、商売繁盛としても人気がある。
 窓ふくろうあかりの陶器の窓からは、可愛いふくろうがちょこんと顔を出しており、やわらかく温かい灯りが辺りを包む。
 信楽焼の窓ふくろうあかりは、おしゃれなで落ち着いた室内用の灯りである。
 
サイズは幅20.0cm×奥行14.0cm×高さ37.5cm
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2007/8/24


日高火防祭 Hidaka-hibuse-matsuri 

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 毎年四月二九日に行われる日高火防祭(ひたかひぶせまつり)は、明暦三(1657)年の江戸の大火を経験、火防の必要性を痛感した十七代水沢城主・宗景公がその対策を講じ、同時に神仏の加護によって羅災を未然に防止しようとしたことが由来とされている。町方火消しの祭典とも言える祭りで、三〇〇年という長い歴史を誇っている。
 祭り当日、朝八時に六町の年番長が日高神社に集まり、参拝・祈願して御守札を受ける年番祭が行なわれる。お札をいただいた各年番長は直ちに各町に戻り「はやし屋台」の運行が開始される。
 町印(ちょうじるし)と呼ばれる各町の印を先頭に、打ちばやし、はやし屋台の順で、夕刻まで古趣あふれる音曲にあわせ、各町内を練り歩く。
 夕闇には、ぼんぼりが一斉に点灯され、水沢駅前で各町組の屋台が競って華麗なおはやしを披露する「相打ち」の仁義礼が尽くされる。 ぼんぼりの淡い光の中、「相打ち」はより魅力的に映し出され、祭りはクライマックスをむかえる。
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2007/8/15


竿燈祭 Kantou-matsuri 

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 東北四大祭りの一つ、竿燈祭(かんとうまつり)は秋田県秋田市で毎年8月に行われる。
 竹竿を、縦横に組み、たくさんの提灯をつるした、大きな竿燈を操り、お囃子にあわせて練り歩くもので、夏の病気、穢れ、邪気を追い払うためのねぶり流しとして行われている。
 元々は短冊や人形を流す行事であったが、お盆に使われた高灯籠を門前に掲げた風習や、蝋燭の普及などに伴い、提灯を掲げたものが組合わされ発展し、江戸時代中期には現在の形になったと言われる。
 大人用の大若と呼ばれる竿燈は長さ12m、重さ50kにも及ぶが、持ち手は肩、腰、額など、体のいろいろな部分を使い、バランスを取りながら竿燈を操る。その姿に、沿道を埋めた人々は魅了される。
 幾重にも連なった提灯の灯りが夜空を照らす様は美しく、東北の夏の夜を彩る祭事である。
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七夕絵灯篭まつり Tanabata-edourou-matsuri Tanabata Edoro Matsuri

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 七夕絵灯篭まつりは毎年八月、秋田県湯沢市で行われる祭りである。
 太い青竹に短冊や紙細工などを下げ、夜には美人画などが描かれた大小の絵灯篭を掲げ、明かりを灯す。
 この祭りは、秋田藩佐竹南家五代目義安公に、京都の公卿、鷹司家から嫁いだ姫君が、京都への郷愁を短冊に記し青竹に飾ったことが始まりと言われ、それを知った町民が家々に短冊や吹流しを青竹に吊るし、悲しみが去ることを願ったのが今の祭事になったと言う。
 元々は短冊や工夫を凝らした紙細工などが主体だったが、明治時代以降に絵灯篭が作られ、現在の形になったと言われる。
 絵灯篭は市民プラザ内にも展示されており、祭りの期間外でも見学することが可能である。
 姫君の心を慰めるための秋田の幻想的な夏祭りは、多くの人々を魅了してやまない。
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2007/7/31


上杉雪灯篭まつり Uesugi-yukidourou-matsuri Uesugi Snow Lantern Festival

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 山形県米沢市で毎年行なわれる雪の祭典。
 2月第2土曜・日曜に、松が岬公園一帯を主会場に2日間にわたって約300基の雪灯篭、2000個の雪ぼんぼり(雪洞)が並ぶ。
 燭が揺らぐ情景には妖しいまでの美しさがあり、幻想的なメルヘンの世界へと訪れた人々を誘う。
 松が岬公園内の鎮魂の丘には巨大な雪で作った鎮魂の塔が建ち、第2次世界大戦で故郷に想いを残して散った、郷土の英霊のための鎮魂祭が行われ、献灯される市民の列は夜遅くまで続く。
 隣接した上杉記念館では郷土料理を楽しむ「雪見の宴」が催される。窓外に雪を眺めながら郷土料理を囲み盃を交わすのも一味である。
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2007/7/30


紙風船上げ Kami-fuusen-age 

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 紙風船とは言っても、これは子供が手の平に乗せて遊ぶ風船ではない。直径が1m以上、長さが8m以上にもなるという巨大な紙風船である。
 願い事や錦絵の書かれたその風船に、タンポと呼ばれる石油を染み込ませた布玉を固定して火をつけ、熱気球にしてしまったものが、西木町の「紙風船上げ(かみふうせんあげ)」である。
 毎年旧暦一月一五日、新暦の二月一〇日の夜に行われる年中行事で、武者絵や美人画が描かれ灯火をつけた巨大な紙風船が、ふわりふわりと冬の夜空へあがってゆく様は、美しくもどこかほっとさせられる光景である。
 起源や由来を記された歴史的資料はないが、江戸時代に鉱山技術の指導に来た平賀源内が教えたという話が伝えられている。以前は「五穀豊穣」や「無病息災」を祈願したが、現在では「家内安全」や「商売繁盛」などが祈願される、願いが込められた紙風船である。
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2007/7/27


広瀬川灯ろう流し Hirose-gawa-tourou-nagashi The Lantern Float in the Hirose River

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広瀬川灯ろう流し(ひろせがわとうろうながし)は、宮城県仙台市を流れる広瀬川河岸宮沢橋~広瀬橋間にて毎年お盆の季節に行われている行事である。
 今から約250年ほど前の宝暦・天明・天保時代、数度にわたる冷害や大凶作があり、東北で数十万の人々が飢餓に見舞われた。
 その際、伊達藩が広瀬橋近くに救助小屋を設けた事から、悲運の死を迎えた人々を供養する為に広瀬川で灯ろう流しが始められた。
 以来、毎年続けられており、戦後は花火大会も同時に開催されるなど、仙台の夏の風物詩として親しまれ、しばし中断ののち、平成二(1990)年より復活した。
 野外コンサートや、夜には大花火大会が行われ、そのフィナーレには広瀬川一杯に広がる130mの大ナイヤガラが広瀬川を彩る。
 広瀬川灯ろう流しは、仙台を代表する由緒ある行事である。
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2007/6/4


チキウ岬 Chikiu-misaki 

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 チキウ岬は、北海道室蘭市母恋南町にある太平洋に面する岬であり、北海道の自然100選、及び北海道景勝地でそれぞれ首位を獲得した名勝地である。
 内浦湾(噴火湾)の北側の湾口であり、地球岬とも表記される。
 語源は「ポロ・チケップ」という「親である断崖」を意味するアイヌ語で、チケウエからチキウと転訛し、更に地球岬という当て字が使われるようになった。
 岬上のチキウ岬灯台は、大正九(1920)年、初点灯した灯高131mの灯台であり、日本の灯台50選に選定されている。
 白亜のチキウ岬灯台を見下ろすように、断崖の上にはぐるりとめぐらされた展望台があり、晴れた日には、対岸に駒ケ岳、遠くは恵山岬や下北半島を臨める。
 チキウ岬は、初日の出の名所としても知られる、室蘭八景随一の名勝地である。
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