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2007/12/6


長保寺 多宝塔(国宝) Chouhou-ji Tahou-tou The Tahoto Pagoda (National Treasure) at Chohoji Temple

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 天台宗・長保寺(ちょうほうじ)は紀州藩主・徳川家歴代の墓所がある寺として知られている。その寺にある大門、本堂と並んで国宝に指定されているのが多宝塔(たほうとう)である。
 正平一二(1357)年の建築といわれており、純和様の貴重な遺構である。
 多宝塔は二重の造りになっており、屋根は本瓦葺で、頂上には相輪が飾られている。一重の内部には四本の柱が配され、須弥壇が置かれており大日如来像が安置されているという。
 下重の出組や上重の二重繁垂木など、随所に木組みの見事な美しさが見られる。
 高さ一三・四mと少々小ぶりだが、国宝らしく凛とした存在感のある、均整の取れた美しい塔である。
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2007/11/28


東照宮 五重塔 Toushou-guu Gojuu-no-tou 

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 世界遺産に登録され、観光地としてもあまりに有名な日光東照宮。本殿や陽明門をはじめ、境内のほとんどの建造物と美術工芸品が文化財に指定され、その規模とともに訪れる者を圧倒する。
 元和三(1617)年、江戸幕府初代将軍徳川家康を奉祀するため、二代将軍秀忠により造営された東照宮は、寛永一三(1636)年には三代将軍家光により建て替えられ、今日の絢爛豪華な社殿群となった。
 境内の外れに建つ五重塔は、国の重要文化財に指定されている。慶安三(1650)年に若狭国小浜藩主の酒井忠勝(さかいただかつ)により献納されたが火災に遭い、文化一四(1817)年に子孫の酒井忠進(さかいただゆき)によって再建された。初層から四層までが和様、五層が唐様で、垂木(たるき)の形が異なる。初層の蟇股(かえるまた)には、十二支の動物が彫刻されている。内部には四天柱が置かれ、須弥壇に四方仏が安置されている。
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新海三社神社 三重塔 Shinkai-sansha-jinja Sanjuu-no-tou 

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 長野県佐久市にある新海三社神社(しんかいさんしゃじんじゃ)は、古くより佐久三庄三十六郷の総社であり、武神として源氏の崇敬厚く、武田信玄ゆかりの神社としても知られている。永禄八(1565)年の上州箕輪城攻略の際に、信玄が奉納した戦勝祈願の願文が残されている。
 この神社の広大な境内にある三重塔は、新海三社神社の神宮寺の塔として、永正一二(1515)年に建立されたと伝えられ、国の重要文化財に指定されている。
 塔の一番下の屋根を支える垂木は、扇状に木を張った禅宗様、二段目、三段目の屋根の垂木はまっすぐに木を張った和様の建築様式が用いられており、初重と二、三重の垂木の方向が違っている。禅宗様、和様と両方の建築様式が取り入られ、近世の様式の折衷化の兆しが伺える
 明治維新の廃仏毀釈の際に、それまで神社にあった多くの仏教施設は破却の難にあったが、幸いにもこの塔は、神社の宝庫としてその難をまぬがれ、今も美しい姿を残している。
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2007/10/12


善福院 Zenpuku-in Zenpukuin Temple

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 和歌山県海南市に所在する古刹。鎌倉時代の建保二(1214)年に栄西禅師により開創されたと言われる広福寺五ヶ院のひとつである。
 広福寺は古くは七堂伽藍を備えていたが、大旦那の加茂氏の没落に伴い荒廃。以後、真言宗に転宗し、伽藍を修復し、さらに江戸時代に入り紀州藩となってからは天台宗に改宗。明治時代までは広福寺は三ヶ院あったが現在は禅福院のみとなっている。
 乱石積基壇の上に立つ二重屋根、寄棟造りの釈迦堂は国宝に指定されている。本瓦葺寄棟造、平行垂木などは鎌倉時代後期の禅宗様式の典型的な建築として、鎌倉円覚寺舎利殿、山口巧山寺仏殿などとともに有名である。
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2007/8/22


遍照院 三重塔 Henjou-in Sanjuu-no-tou 

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 倉敷市西部の田園地帯に遍照院(へんじょういん)はある。真言宗の寺で寺伝によると、平安時代の寛和元(985)年、開山智空上人(ちくうしょうにん)によって創建されたと伝えられている。
 境内の三重塔は昭和の解体修理の際に発見された、応永二三(1416)年の再建墨書により室町時代前期の再建であったことが判明した。
 塔の高さは約二二・五mあり、屋根は重厚な趣の本瓦葺き。木の先端部、木鼻には室町風のシンプルな彫刻が施されている。垂木を二重にして間隔を密にした二軒繁垂木(ふたのきしげたるき)や庇の四隅に吊るされた風鐸(ふうたく)と呼ばれる鐘、屋根の勾配や反り具合など、随所に品格が感じられる美しい塔である。
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成田山新勝寺 三重塔 Narita-san-shinshou-ji Sanjuu-no-tou 

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 真言宗智山派の大本山である成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)は、天慶三(940)年に寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)によって開山された。
 不動明王をご本尊とし、全国より年間千三百万人の参詣者で賑わう。お不動さまは、真言密教の根本仏である大日如来の化身である。江戸期から「成田のお不動様」とよばれ親しまれてきた。
 三重塔は高さ二五メートルあり、正徳二(1712)年に竣工したもので、大工棟梁は桜井瀬左衛門であった。屋根は銅板葺で、柱などの軸部材に種々の地紋彫りを施している。
 また、軒下の組物から斜め下方に突き出ている構造材の尾垂木(おだるき)の頭が、通常と違い龍に変身している。唐様といっても、軒高には垂木を使用する代わりに、雲海模様の極彩色彫刻を見せる装飾豊かな板軒なのである。幾重もの雲海を泳ぎ回る数多の龍神様の姿は圧巻である。
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2007/8/14


清水寺 子安の塔 Kiyomizu-dera Koyasu-no-tou 

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 世界中から観光客を集める京都清水寺。最も有名な本堂の舞台から、錦雲渓をへだてた正面の丘の上に、子安の塔(こやすのとう)が建っている。子安の塔は江戸時代初期に再建された高さ約15m、桧皮葺きの三重塔で、内部には本尊の千手観音が安置されている。
 聖武天皇・光明皇后がこの観音に安産を祈願し、孝謙天皇が無事に誕生したとの伝説が残ることから、後世、安産祈願の信仰が生まれ、子安観音として崇拝されている。洛陽観音第十四番札所でもある。
 塔は、欄干の柱の頭につけるネギの花の形の装飾で知られる擬宝珠(ぎぼうしゅ)高欄を付した縁をめぐらし、正面は三間とも戸がなく格子張りで、とぐみは珍しく尾垂木を設けていない。明治末年に仁王門下から現在の場所に移された。国指定重要文化財。
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2007/5/31


安楽寺八角三重塔(国宝) Anraku-ji Hakkakusanjuu-no-toh Anrakuji Temple Pagoda

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 信州上田、夫神岳(おがみだけ)の山道を覆う松林の中に、その塔はある。
 この地にある安楽寺は、平安時代初頭に創立されたといわれるが、鎌倉時代以前の歴史ははっきりとしない。その中でも、この塔はもっとも古いものである。現存する八角塔としては唯一のもので、かつ禅宗様の三重塔としても大変稀有なものとされる。
 全高18.75m、その印象的な八角の屋根の内には、詰組(つめぐみ)や扇垂木(おおぎたるき)など、細部にいたるまで禅宗様の建築様式が見られ、仏壇までもが八角の形で造られている。にもかかわらず、禅宗では珍しい大日如来像が安置されており、その点でも注目に値する。
 全体が四重塔に見えるが、一番下の屋根は一層の裳層(もこし)とよばれる庇である。
 1947年、長野県内の建造物としては初めて、松本城とともに国宝指定された。
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