NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/31


紀州箪笥 Kisyuu-tansu 

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 和歌山県を代表する工芸品「紀州箪笥(きしゅうたんす)」は、全国的に有名な桐箪笥である。
 和歌山県各地の町家からは、古文書や桐箪笥が発見され、当時天保年間の頃からすでに武家以外でも、婚礼調度品として桐箪笥が作られていた記録が残されている。
 加工はすべて手仕事でおこなわれる。挽きや削り、継ぎなど匠たちの経験と勘が独自の道具により素材のよさを引き出している。
 美しい木目で知られる桐箪笥は、軽くて耐湿性に優れた家具で知られている。外気に敏感な性質のため湿気の多い時には水分を吸い、乾燥時には水分を出す恒湿性を持っている。もし火災などの場合、水を吸って燃えにくい事から「身を焼いても中身を救う」といわれている。また桐箪笥は伸縮しにくく狂いが少ない上、軽くて持ち運びが便利な事から、長年使用する収納家具として重宝されている。
 江戸時代に、紀州藩の積極的な振興政策によって桐箪笥の産地となって以来、桐材特有の上品な木肌は現在まで高度な技術や技法が受け継がれており、全国的に高い評価を受けている。
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2007/9/6


木工芸 Moku-kougei 

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 木工芸は、豊富な樹種に恵まれた日本における、まさしく基本的かつ重要な工芸の一つである。
 鉄製工具の普及や、大陸からの技術者の渡来によって発展を遂げ、日本特有の素材を生かした技術の進展、近代においては木工芸の各分野に名匠も現れ、日本における工芸の重要な部分を担うようになった。
 特に、箪笥などの家具や調度品を「指物」(さしもの)というが、そうした生活に密着したものの製作技法が最も多用され、それに伴って様々な発展を遂げていくこととなる。
 それでも、正倉院に残る木工品は、技術的成熟や製作環境の発展がなされた現代の木工芸においても大きな影響を与えるほどであり、木工芸の歴史と奥の深さを物語っている。
 とはいえ、木工芸品の多くは普段の暮らしの中に溶け込み、そうした中で愛着の心や、本物の味を感じさせてくれるものである。
 二度目の命を吹き込まれた逸品は、私達の生活に彩と温もりを与えてくれている。
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2007/7/27


仙台箪笥 Sendai-tansu Sendai Chests

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 仙台箪笥(せんだいたんす)は、安土桃山時代に伊達藩の棟梁により創案されたものといわれる、重厚な中に日本独特な美を感じさせる工芸品である。
 欅(けやき)や栗の木を主な材料として用い、表面は透明で下の木目が美しく見える木地呂塗り技法で仕上げられ、最終的には龍や唐獅子、牡丹や唐草などの精緻な文様が打ち出された鉄金具を取り付けて完成となる。
 この、鉄金具が仙台箪笥の特徴であり、どっしりとした重みのある箪笥を優雅で趣のある印象に仕立て上げてくれる。
 一つの箪笥におおよそ70から80個の金具が取り付けられ、本来は太刀や袴などを折りたたむことなく収納できるよう考案された男物の箪笥に、優雅さと気品を与え、男女を問わず使用できる逸品に変貌させてくれている。
 その後も技術の切磋琢磨は続き、今日では従来の意匠を継承しつつ、現代のライフスタイルにも合う箪笥が作り続けられている。
 五百年の時を経てなお、変化を続ける工芸品は、今も人々の生活を彩っている。
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2007/4/3


春日部桐箪笥 Kasukabekiridansu 

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 江戸時代初期、日光東照宮を作るために集まった職人が、日光街道の宿場町である春日部に住みつき、周辺で採れるキリの木を材料とした指物や小物を作り始めたのが始まりであると伝えられている。
 江戸時代中頃の文献に、10人ほどの業者が記されていることや、明和9(1772)年の裏書きのある桐箪笥が現存することなどから、すでに産地の形が整い始めていた事がうかがえる。
 19世紀半ば頃から桐箪笥も作られ、明治期には総桐の重ね箪笥が大量に作られ、東京方面へ出荷された。昭和54年に伝統的工芸品に指定。
 春日部桐箪笥は、軽く、湿気に強く、加工が容易なことで知られている。
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2007/2/23


大川総桐タンス Ookawa-soukiri-tansu Okawa Paulownia Chest

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 大川総桐タンスは、福岡県大川市にて作られる伝統家具である。
 大川市は、発祥から470年余りの歴史を誇る、日本一の家具生産地である。
 筑後川の下流である大川は、木材の集積地であった。室町時代、榎津久米之介が船大工の技術を生かして指物を始め、江戸後期には田ノ上嘉作が唐やオランダの技術を学び、大川家具の礎を築いた。
 総桐タンスは、木目の美しさ、防湿性のよさ、水をかけると燃えにくいなどの特性をもつ。
 更に大川産の桐タンスは、内部が泥棒よけのからくり仕掛けになっており、金具などにも独特の工夫を施している。
 桐板の中でも最上の柾目板を使ったこのタンスは、堅牢でどっしりした重量感が持ち味である。
 大川総桐タンスは、高級感あふれる伝統の逸品である。
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2007/1/31


名古屋桐箪笥 Nagoya-kiritansu Nagoya Paulowina Chests

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 愛知県で作られる、伝統的工芸品に指定された木工品。
 名古屋箪笥は、約400年前、名古屋城の築城に全国から集まった大工職人たちが、城下町に住み着き、箪笥(たんす)や長持などを作りだしたのが始まりとされる。
 徳川幕府時代に入り、尾張の文化も華やかさを増した。「絹織物」の製造でも盛んであったこの地は、高級な着物や衣装が庶民の手にも届くようになった。それと同時に、衣装を収納する家具も必要とされたため、箪笥などの木工品が急速に発展した。
 また「木曽材」とよばれる高級木材となる木が、飛騨地方で豊富に育成していたため、木工品が盛んに作られるようになり、有名になった。
 主な製品には、昇箪笥、中開箪笥、衣装箪笥などがあり、長年の手作りの技法を受け継ぎ、現在に至っている。
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2006/12/17


大阪泉州桐箪笥 Osaka-sensyuu-kiri-dansu Senshu Paulowina Chests

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 箪笥の起源は古く、史的資料内容によれば、約三百年程前に大坂ではすでに、製造が始っていたとされている。
 当時は近所で採れるキハダやキリの木を使い、箱等の簡単な指物作りであった。江戸時代後期から明治時代にかけて一大産地が形成され、大坂では堺を中心に和泉に広がったとされている。
大坂泉州桐箪笥の特徴は、キリの柾目(まさめ)を活かし、木釘と各種組み接ぎ(くみつぎ)技法を用いた組立である。
 材料となる桐は、1年から2年かけて十分に自然乾燥させる。これは「アク」が出るのを防ぐためである。桐材は20mm以上の厚い無垢板(むくいた)。前面に、年輪の木目が真っ直ぐ通った桐の柾目板を揃える。、磨きにあたる「矧(は)ぎ加工」を施すことで、一段と見栄えがする。
 耐久性にも優れ、湿気などに注意して使えば100年から150年は使用可能。ほとんどが注文生産である。
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2006/11/29


水屋の匠 久遠 Mizuyano-takumi Kuon Mizuya's professional Kuon

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 「水屋の匠 久遠」は、水屋家具を専門とした家具工房。「水屋」とは、様々な説があるが、古くは茶の湯において茶人がお客さまをもてなすための準備をする部屋のこと、そして江戸時代になると台所(水廻り)に置いてある家具を指すようになった。その代表に「水屋箪笥」がある。久遠のデザインは日本人の暮らしに合うように設計されているとともに、家具の仕上げ塗装にもこだわりが光る。「久遠仕上げ」「水屋仕上げ」のふたつの仕上げ手法があり、どちらも塗り、乾燥を繰り返すことで何年も使い込んだような味わいを醸す。また、使い込むことで風格と独特の味わいが出るのが特徴だ。木材は、タモ、ナラの二種類の無垢材を使用。強度が強い上、木目の美しさが魅力的な木材である。久遠は昔から日本人の暮らしに根付いていた伝統的な製作技法をベースに、現代のライフスタイルに合わせた家具・インテリアのデザイン、設計、製作を一貫して行う日本でも数少ない家具製作所だ。目指すのは、「百年の時を刻む家具」。世代を超えて家族の成長を見守るぬくもりが、そこにはある。
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