唐沢山城跡 Karasawayama-jyou-ato Karasawa Castle Ruins
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関東七名城のひとつに数えられる唐沢山城。栃木県の佐野市に位置する標高240メートルの唐沢山全域に広がる大規模な山城だ。
築城は古く、平安時代の延長五(927)年、藤原秀郷が平将門の乱を制圧したのをきっかけに唐沢山に城を築いたのがはじまりとされる。その後五代に渡りここに居城した後、いつしか廃城となった。
後年、佐野氏(秀郷の子孫)が唐沢城を再興、二大勢力、北条氏と上杉氏との戦闘の拠点としたという。巧みな外交術で佐野家を守り抜く。
佐野氏はその後も安土桃山時代に豊臣秀吉に重用されるなど家督を守るが、豊臣家から養子に迎えた佐野信吉が徳川家康の命により春日岡に移転、唐沢山城は歴史の表舞台から永遠に姿を消した。
本丸跡には築城主である秀郷を祀る唐沢山神社が鎮座。そのほか遺構として石垣、大手枡形、土塁などが残り、名城の名残をかすかにとどめている。
築城は古く、平安時代の延長五(927)年、藤原秀郷が平将門の乱を制圧したのをきっかけに唐沢山に城を築いたのがはじまりとされる。その後五代に渡りここに居城した後、いつしか廃城となった。
後年、佐野氏(秀郷の子孫)が唐沢城を再興、二大勢力、北条氏と上杉氏との戦闘の拠点としたという。巧みな外交術で佐野家を守り抜く。
佐野氏はその後も安土桃山時代に豊臣秀吉に重用されるなど家督を守るが、豊臣家から養子に迎えた佐野信吉が徳川家康の命により春日岡に移転、唐沢山城は歴史の表舞台から永遠に姿を消した。
本丸跡には築城主である秀郷を祀る唐沢山神社が鎮座。そのほか遺構として石垣、大手枡形、土塁などが残り、名城の名残をかすかにとどめている。
- 住所
- 栃木県佐野市富士町、栃本町
- 名前
- 唐沢山城跡