NIPPON Kichi - 日本吉

2007/1/28

まり Mari Temari (Japanese thread balls)

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 古語で丸い形を「まろ」といい、まりの名称は、それから派生したもの。
 奈良時代、中国から蹴鞠(けまり)が伝えられ、その後平安時代も京都の公家を中心に行われた。
 最初は足で蹴る遊技であったが、その後、手でまりを投げてそれを落とさないように受け止める手まり遊びが生まれてくる。さらにこの手まり遊びを曲芸にした旅芸人も現れた。今で言うジャグラーのようなものと考えられるが、この芸人は品玉(しなだま)づかいと呼ばれた。
 江戸時代になると、まりを投げ上げるのではなく、地面について遊ぶようになった。これは弾力のある木綿が普及し、弾みのよい糸まりが作られるようになったからである。
 糸まりは、おがくずやぜんまいなどの弾むものを綿で包んで、その上に絹糸などを巻いて、仕上げた。絹糸の文様が美しく、少女の玩具として愛好された。

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まり




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