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2007/10/17


東近江 最上踊り Higashi-oumi Mogami-odori The Mogami Odori Dance in Higashiomi City

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 東近江市は市町村合併に伴い、豊かで多様な伝統文化が受け継がれる町として知られている。「最上踊り(もがみおどり)」もこの地に受け継がれる貴重な民俗芸能のひとつである。
 最上踊りは平安末期から中世にかけて流行した芸能、風流(ふりゅう)の中の小歌踊りに分類される踊りであるとされ、素朴な中にも優雅さが感じられる踊りである。
 出羽国の名族最上家は、家臣間の派閥争いの結果、元和八(1622)年に所領没収となった。その後山形から近江に移され、この地に大森陣屋を構えることとなった。その前で、領民が藩の繁栄を願って披露した唄や踊りが、最上踊りと名づけられ、この地に三〇〇年以上伝わるようになったといわれている。
 現在では保存会が結成され、最上家ゆかりの地である山形でも披露されることがあるという。
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2007/10/1


雁戸山 Ganto-san Mt. Gantosan

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 雁戸山(がんとさん)は蔵王連峰の北端にあり、宮城県川崎町と山形県山形市にまたがる。山頂は北雁戸と南雁戸の二つからなる双耳峰(そうじほう)で、南雁戸の方が1m高い。一般には北雁戸が頂上と見なされている。
 標高1485mの山頂へは、笹谷峠(ささやとうげ)から南に向かうルート、蔵王熊野岳方面から北へ縦走するルート、宮城川崎から西へ登るルートなど数本ある。装備さえしっかりしていれば、冬以外なら危険は少なく、ちょっとした遠足気分で登ってみるのもいい。
 好天に恵まれれば、蔵王の山々をはじめ素晴らしい展望を楽しめる。初夏はツツジやシャクナゲ、晩夏はウメバチソウ、初秋は紅葉と、シーズンを通して草木花が迎えてくれる。雁戸山は、日本海に注ぐ最上川水系と太平洋に注ぐ名取川水系の、分水嶺(ぶんすいれい)でもある。
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2007/8/10


義経・弁慶伝説 Yoshitsune-Benkei-densetsu Legends of Yoshitsune and Benkei

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 最上地域には、義経・弁慶に関する伝説が多く残っている。室町時代に書かれたとされる「義経記」によると、兄源頼朝の追手を逃れ岩手県平泉に向かう途中、文治3(1187)年に最上地域を通ったとされている。

 なかでも瀬見温泉周辺には、義経の子「亀若丸」の誕生に加護があったという子安観音などの義経主従にまつわる数々の伝説、旧跡が残されている。
 「瀬見」という名の由来には、弁慶が使っていたなぎなたの名が「せみ丸」であったから、亀若丸が落人の身であることを知って一度も泣かなかったので「泣かぬ蝉」から、キズを負っている蝉が、温泉の上の木に止まって湯煙で湯治をしていたから、など諸説ある。
 最上町瀬見の義経・弁慶にまつわる観光地には、産湯を探して谷川を下った弁慶が、なぎなたで岩を砕いたところ、温泉がわきでたとされる「薬研の湯」や、亀若丸の名をつける時、弁慶がすずりとして墨をすったといわれる「弁慶の硯石」などがある。
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2007/8/6


本美濃紙 Hon-mino-shi Hon-Mino Gami (Genuine Mino Paper)

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 本美濃紙(ほんみのし)は、平安末期から鎌倉時代にかけて、中国よりもたらされた製紙技術である。
 良質の茨城県産の那須楮(なすこうぞ)を原料とし、縦ゆりに横ゆりを伴った紙漉き操作による伝統的方法で漉かれた紙を本美濃紙と称する。
 日本に存在する最も古い紙は、正倉院に眠る大宝二(702)年の美濃、筑前、豊前国の戸籍用紙で、中でも本美濃紙による用紙は漉きムラがなく、優れた技術であったことを今に伝えている。
 江戸時代には障子紙として最上と評価、長く親しまれていくこととなる。障子紙は日光に透かされて鑑賞されるため、繊維がムラなく美しく漉き上げられる本美濃紙はまさにうってつけだったのである。
 現在は障子紙を中心として、記録用紙や文化財保存修理用紙などにも用いられ、その質の良さと味わいの深さで多くの人に愛される逸品である。岐阜の本美濃紙保存会が昭和五一(1976)年に重要無形文化財の指定を受け、今もその技術を後世に伝えている。
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2007/7/12


エサオマントッタベツ岳 Esaomantottabetsu-dake 

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 エサオマントッタベツ岳は、北海道新冠郡新冠町にある標高1902mの山である。
 エサオマントッタベツとは、アイヌ語で「山奥に行く函(はこ)になっている川」を表し、戸蔦別川の最上流部の支流エサオマントッタベツ川に由来する。函になっている川とは、函状の峡谷を表しているとされる。
 日本100名山の幌尻岳からは、新冠川をはさんで南東方向の位置に存在する。
 日高山脈北部の山なみの中にピョコンと尖った頂が特徴的な山で、顕著な二つのカールである北東カールと北カールを持つ。
 カールとは、氷河の侵食によって造られた、お椀の底のような窪地の事である。
 カールの手前には長い滑滝があり、沢登りとしては初級クラスの山のためか、入山者が増えている。
 エサオマントッタベツ岳は、北日高カールにかこまれた美しい山である。
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2007/6/4


犬山城天守 Inuyama-jyo-tensyu The donjon of Inuyama Castle

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 愛知県犬山市にあり、国宝に指定されている日本最古の天守閣を残す城。
 犬山は、室町時代末期に建てらたといわれ、1537年に織田信長の叔父信康によって現在の地へ移された。
 江戸時代から明治時代に至るまで、数人の城主が誕生した。明治4年、廃藩置県で廃城となり天守閣を除くほとんどが取り壊された。明治24年の震災で城門などが壊れた際、旧犬山藩主成瀬正肥氏が城を修理するという条件で政府から譲られ、現在に至っている。個人が所有する城は日本でひとつである。
 天守は三層五階の望楼式となっている。木曽川を背に、標高80メートルの三方断崖の丘の上に建っている。天守閣最上階からは、犬山市が望める。
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2007/5/31


大美輪の大杉 Ominowa-no-oosugi The Big Cedars of Omiwa

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 山形県最上郡金山町の田茂沢にある杉の群生地にある巨木。
 もともと伐採を目的として植えられたもの。植林された杉としては日本最大級といわれ、128本もの巨木郡を形成している。
 歴史は江戸時代といわれ、当時から「苗木などを植える制度」があった。
 この「大美輪の大杉」は樹齢230年ほどであり、1764年頃に植林したものと推測されている。
 この地は、冬に降雪が多い地区である。2006年5月、豪雪のため傾いてしまった、樹齢250年の杉6本を公開伐採した。
 その杉の切り口は、大きく圧倒されるものである。6本中2本は、高さ50メートル、直径80センチにもなる巨木が切り倒された。
 250年の歴史を感じさせるものである。
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明道の滝 Myoudounotaki Myodo Waterfall

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 山形県米沢市にある最上川の源流とされる滝。正確に言うと、最上川の上流は「松川」と呼び、その源流が「明道の滝」となる。
 西吾妻山のハイキングコースにある展望台から、迫力ある姿が見られる。断崖絶壁にあり、近くまでは行けない。
 このあたりは米沢の山岳地帯。西は朝日連峰、東に奥羽山脈、そして南に吾妻連峰があり、米沢市はこれらの山に囲まれた盆地になっている。100ヘクタールに広がる湿地帯は、高山植物の宝庫である。
 近くには温泉がいくつかあり、シーズンを通して観光客で賑わう。観光としての人気は、秋のシーズンで、明道の滝の回りも紅一色の紅葉で色づく。紅葉の中にひと筋の「水」の路が現れる、その姿はいかにも「源流」の象徴である。
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