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2008/2/7


正倉院 Shousouin 

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 天平勝宝八(756)年六月二一日、光明皇后が聖武天皇の七七忌に、遺品を大仏に献納したのが正倉院(しょうそういん)宝物の始まりといわれている。
 「正倉」とは寺の倉庫の意味で、かつてはどこの寺にも存在していたものだが、現在では東大寺のものだけが残り、固有名詞となっている。もともとは東大寺の倉庫であったが、現在は東大寺を離れ、宮内庁の管轄となっている。
 この建物は奈良時代につくられ、三角の木材を組み合わせた「校倉造り(あぜくらづくり)」の内部は三倉に分かれており、「三ツ倉」とも呼ばれている。また高床式になっており、聖武天皇の遺愛品や東大寺の年中行事で使用される仏具、そして遣唐使や留学生が持ち帰った工芸品などが納められている。
 正倉院宝物は通常は見ることができないが、毎年一〇月下旬から一一月にかけて曝涼(ばくりょう)と呼ばれる虫干が行なわれ、この時に一部の宝物が奈良国立博物館で「正倉院展」として公開される。
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2007/10/2


行基 Gyouki Gyoki

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 行基(ぎょうき)は奈良時代の僧。古代民間仏教のカリスマで、その偉業により行基菩薩と尊称された。
 天智天皇七(668)年、河内国(現・大阪府)に誕生。法興寺の道昭を師として、一五歳で出家。仏教教理の他に、土木技術を学んだ。
 「教団は王権から独立すべきである」という三階教の教えを根本思想に、伝道と社会事業を融合させ、民衆を煽動した。畿内を中心に諸国を巡り、造寺、墾田開発、橋梁架設などを押し進めた。
 驚異的な指導力が朝廷に危惧され、僧尼令違反で禁圧されたが、大仏造営の勧進役を買って出ると、逆に朝廷より大僧正位を授けられた。
 大仏造営中の天平二一(749)年、奈良・菅原寺で八一歳で入滅。『日本霊異記』『本朝法華験記』『日本往生極楽記』に数々の伝説が残る。行基の軌跡を記した「行基図」が、日本地図の原型という説もある。
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2007/6/6


北海道 帰厚院 Hokkaidou Kikou-in 

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 帰厚院(きこういん)は、北海道・岩内町で最古の古刹。
 建立は、江戸時代の安政三(1856)年。岩内在勤の公儀役人・吉沢佐十郎のほか数名の運動により、公称認可となり開基となった。
 明治二十三(1890)年に町の大火に巻き込まれ、本堂、裏ともに焼失し、現在地に移転。
 帰厚院で何より有名なのは、木造の大仏では東北以北最大の木造金箔の阿弥陀如来像である。見る人すべてを圧倒する大きさだ。大正十(1921)年に完成したこの像は、高さ約6・8m。昭和四四年には岩内町有形文化財1号に選ばれている。鰯漁で栄えた時代の地元の人々の熱意を感じられる見事な像である。
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2007/6/1


岐阜 かご大仏 Gifu Kago-daibutsu The Great Buddha of Gifu, the Basket Buddha

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 金鳳山正法寺の大仏殿に納められている「岐阜大仏」は、別名「かご大仏」とも呼ばれていて、乾漆仏としては日本一の大きさを誇っている。
 竹のかごを編んだ様に作られている事から、この様に呼ばれている。
木と竹と粘土で型を作り、その上に経典を写した和紙を貼って、漆を塗り、最後に金箔を貼って仕上げるという珍しい技法が用いられている。
 高さ13・63mのダイナミックなこの大仏は、38年もの歳月をかけて1832年に完成した。少し前屈みで、オーケーマークを出している様な右手の印相は和やかな印象を与えてくれ、親近感が持てる。
 胎内には木造の薬師如来像が安置されていて、拝観は出来ないが、大佛断面図で解説がされている。
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2007/4/17


栃木 輪王寺 Tochigi Rinnouji Rinnoji Temple

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 栃木の輪王寺(日光山輪王寺)は、栃木県日光市の日光山中にある天台宗の寺院群の総称である。
 本尊は、日光三社権現本地仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)という三体の大仏と、東照三社権現本地仏(薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来)という掛仏の、2組の三尊仏とされている。
 日光山は奈良時代の末、勝道上人によって開かれた。近世には徳川家の庇護を受けて繁栄を極めたが、明治初年の神仏分離令によって寺院と神社が分離されてからは、東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称される。
 また、天台宗三山のひとつであり、大猷院霊廟本殿・相の間・拝殿が国宝に、37棟が重要文化財に指定されている。
 輪王寺は古い歴史と徳川家との縁を持つ霊場であり、広大な敷地に多くの寺院を含む古刹である。
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2007/4/11


長沼の駒形大仏 Naganuma-no-Komagata-Daibutsu Komagata Great Buddha in Naganuma

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 長沼の駒形大仏は千葉市稲毛区長沼町に位置する大仏である。
 元禄十六(1703)年、近隣の長沼新田を開拓した江戸の薬種問屋、野田源内を願主として、近郷六十ヶ村から浄財を募り、建立された。作者は江戸浅草三間町の鋳物師、橋本伊左衛門藤原重広。
 高さ約2・4メートル。腹前で定印を結ぶ阿弥陀如来坐像であり、頭部は割込型鋳造、体部は別鋳したものを接合して造られている。
 背面に寄進者の一覧が刻まれていて、松戸、印旛沼などの地名から広い地域での信仰を集めていたことがうかがえる。
 御成街道を行き交う人馬の安全と疾病の退散を祈願してつくられたこの大仏は、現在も長沼街道へと優しげな視線を向け、人々を見守っている。
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2007/3/6


岡寺 Oka-dera 

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 岡寺は奈良県高市郡明日香村、岡山の中腹に位置する真言宗豊山派の寺院。正しくは龍蓋寺(りゅうがいじ)であり、岡寺は通称。山号は東光山、西国三十三ヶ所、第七番札所。
 天武天皇の勅願により、早世した草壁皇子の宮である岡宮を与えられた義淵僧正が開基したと伝えられる。
 本尊は如意輪観音坐像、奈良時代の作で塑像としては日本最大の4・6メートルの高さを誇り、重要文化財に指定。日本三大仏の一体でもある。
 境内には寺名の由来である、義淵僧正が法力により池に龍を封じた龍蓋池がある。この故事から日本最初の厄除け寺と言われ、鎌倉時代の水鏡にも記述がある。
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2007/3/1


牛久大仏 Ushiku-daibutsu 

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 ギネスブックも公認する世界一の高さ120m(本体100m台座20m)の牛久大仏。
 正式名称は牛久阿弥陀大佛。
 真宗大谷派(本山 京都市下京区にある真宗本廟 通称 東本願寺)から分離独立し1988年に結成された、浄土真宗東本願寺派の霊園に面して造られている。
 その姿は同寺の本尊阿弥陀如来像のスケールモデルといわれており、奈良の大仏が手の平に乗り、ニューヨークの自由の女神像の約3倍と、他の像と比べても非常に大きい事が分かる。
 1989年に着工、1993年に完成した。鉄骨の構造物の表面に、中国で作られた6000分割の青銅の阿弥陀如来像を貼り付けて作られている。
 大仏の胎内は、エレベーターで上り下りができ、高さ85m地点の最上階から庭園の美しい景色を見渡せる。
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