NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/10


薙刀 Naginata 

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 薙刀(なぎなた)といえば、現代では女子の武道であるが、古来より戦での武器として使われていた。
 薙刀の歴史に関しては不明な点が多く、起源も定かではない。平安時代中期に平将門と藤原純友によって起こされた承平・天慶の乱(じょうへい・てんぎょうのらん)の合戦絵巻に薙刀らしき長刀が描かれている。戦において長刀は人馬を薙ぎ払うのに有効であり、改良が加えられ長刀よりも扱いやすい薙刀に変化していったと考えられる。
 その後、僧兵の多くが薙刀を使用し、源平の戦いでは主要な武器となった。かの有名な武蔵坊弁慶も薙刀を武器としている。
 戦国時代に入ると槍がその機動性から薙刀にとってかわり、江戸時代に入り戦が無くなると、薙刀は婦女子の心身を鍛える武道として武家社会に定着していった。
 明治以降は廃刀令のため、武器としての薙刀は無くなったが、明治中期には人間修養のための武道として復活し、太平洋戦争時代には学校教育の中に薙刀は取り入れられた。
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2007/5/31


伊佐沢の久保桜 Isazawa-no-kubozakura The Kubo Cherry Tree of Isazawa

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 山形県長井市上伊佐沢にある樹齢1200年の古桜。
 伊佐沢小学校のグランドの脇には、国の天然記念物に指定されている、エドヒガンという種の桜が立派にそびえている。幹周り9メートル、高さ16メートル。150年前には枝張りが63メートルもあったという記録が残っている。
 「久保桜」と呼ぶのは、昔この地が「窪」と呼ばれていたからである。
 それとは別に「お玉桜」とも呼ばれる。征夷大将軍であった坂上田村麻呂がこの地を訪れたとき、「お玉」という娘と恋に落ちた。しかし、帰国した田村のもとには、お玉が亡くなったとの知らせが届き、悲しんだ。田村はお玉を偲び桜を送って墓の傍に植えさせたのが、この桜であるという言い伝えがある。
 今でもお玉が将軍を想い続け、この桜に花をさかせているのだろうか。
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2007/1/25


天領ひたおひなまつり Tenryouhita-ohinamaturi Tenryohita Doll's Festival

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 天領ひたおひなまつりは、大分県日田市で行われ、ひな祭り期間中は、市内約20ヶ所の旧家や資料館等でひな人形や道具類が展示・公開される。
 江戸中期、町人文化の繁栄と共に早春の祭「お雛さま」は一般大衆の間に広がり、女児のすこやかな成長と幸せを祈る、日本の伝統的な行事として定着した。
 江戸時代、幕府の直轄地として代官所が置かれた日田市では、豪商たちが活躍し、天領日田として九州随一と言われるほどの繁栄を極めた。
 こうした旧家に江戸・明治時代から代々伝わるひな人形や道具類は、その豪華さにまず驚かささる。優雅で艶やかな気品に満ちた顔立ち、豪華な着物、丁寧な造作は、数百年の時を超えて、富裕な商人たちの財力と、懐の深さを語りかけてくれる。
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