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2008/9/10


京印章 Kyou-inshou 

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 京印章(きょういんしょう)は京都で作られる印章(判子)のことである。
 印章は、聖徳太子の飛鳥時代に中国から伝わったといわれ、大宝律令で国の制度に印章が取り入れられた。
 京都では平安時代になると天皇の印などが作られるようになり、時代とともに印章は天皇、公家、武士、豪商と使われるようになっていった。
 江戸時代に日本最初の印半師が京都三条に住んでいたといわれる。その後、京都では数多くの印半師が活躍し、京印章は芸術的にも優れた文化として現在に受け継がれている。
 京印象は中国の漢の時代の作風を引き、当初は、書体が中心であったが、平安時代後期には風雅を好む花印(かおう)も多様されるようになった。
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2007/9/28


日野椀 Hino-wan Hino Lacquered Bowls

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 日野椀(ひのわん)は、滋賀県蒲生郡日野町に伝わる伝統工芸品である。
 天文二(1533)年、城主・蒲生定秀(がもうさだひで)が日野城下町を作った時、綿向山下に散在していた木地師や塗師を集めて塗師町・堅地町を設け、日野椀の生産を始めたとされている。
 貞秀の孫である氏郷が、天正一二(1584)年に転封したため、一時日野椀作りは衰微したが、日野商人たちが日野椀を行商の主力商品としたことから再び日野椀の生産が盛んになり、江戸初期には日本有数の椀の産地となり、広くその名が知られるようになった。
 初期に生産され今も残存する器は、祭器が多く見られ、厚手・高い高台を特徴とする。
 日野椀は、庶民使いの漆器として、日野商人による行商で全国へ広まった伝統工芸品である。
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2007/8/6


みやぎ村田町蔵の陶器市 Miyagi-murata-machi-kura-no-tougei-ichi 

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 江戸後期から昭和初期にかけて、村田商人が紅花(べにばな)の商取引で栄華を誇っていた宮城県・村田町。町の南北にのびる旧街道、通称「蔵の町並み」には、今でもかつての繁栄ぶりを偲ばせる重厚な店蔵が並び、「みちのく宮城の小京都」と呼ばれるにふさわしいしっとりとした町並みが見られる。
 この村田町で年一回開かれるのが「みやぎ村田町蔵の陶器市」である。町有数の村田商人であった「やましょう」を含む店蔵や空店舗に、宮城県はもとより東北・関東を中心とした陶芸家たちが集まり、陶器の展示・販売を行うものだ。
 陶器市では、毎年ひとつのテーマが設けられ、そのテーマに沿った幅広い作風の作品が一堂に会する。平成十八年のテーマは「酒器」。合計67窯が参加した。
 さまざまな陶芸家との会話も楽しめるこの陶器市には、毎年約4万人もの観光客が訪れるという。
 夕暮れになると蔵のライトアップも行われ、幻想的な雰囲気で陶器市をさらに盛り立てる。
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2007/2/13


渋川問屋 Shibukawa-tonya The Shibukawa Merchant House

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 渋川問屋は明治時代、会津一の海産物問屋の店舗や屋敷、商品蔵などそっくり利用した宿泊施設。
 明治から昭和にかけて、海産物を扱う大店だった渋川問屋。塵ひとつない床は、黒光りする程磨き込まれている。客を迎えるため、心地良い空間を常に維持し続ける、その行為に大店の心意気を感じる。
 離れには「憂国の間」と名付けられた、現在の社長の叔父にあたる渋川善助が少年時代を過ごした部屋がある。
 創業明治初年。最盛期には渋川家の人間だけでなく、50余人の使用人がこの屋敷に暮らしていたという。
 周辺には阿弥陀寺等の見どころが多く有り、明治・大正時代に繁栄した街並みが散策でき、大正ロマンあふれる雰囲気が楽しめる。
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2007/2/12


近江商人屋敷 Oumi-shounin-yashiki Omi Merchants Residences

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 近江商人とは、近江に本拠地をおく他国稼ぎ商人のことで、近江八幡・日野・五個荘から特に多く輩出した。その中でも五個荘出身の近江商人を五個荘商人と呼ぶ。
 五個荘は近江商人の発祥の地として広く知られ、白壁と舟板塀の蔵・屋敷や優雅な庭園など、町内のいたるところで見ることができ、また国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定され、五個荘町では代表的な近江商人の蔵屋敷などを公開している。
 五個荘商人はそのほとんどが江戸時代末期から明治時代の創業で現在も商社として多くの企業が活躍している。
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2007/1/30


和賀江嶋 Waka-enoshima Waka-enoshima

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 和賀江嶋(わかえのしま)は、神奈川県鎌倉市にある日本最古の築港遺跡である。
 鎌倉時代、鎌倉は港として日本各地や宋との貿易で大いににぎわっていた。しかし、遠浅で船荷の揚げおろしに不便で、難破する船も多かった。
 貞永元(1232)年、僧侶の往阿弥陀仏が北条泰時の協力を得て、伊豆石などで島を築き、極楽寺により管理された。これが日本最古の築港・和賀江嶋である。
 江戸時代までは港として利用されていたが、度重なる震災や老朽化により、現在では干潮の際にだけ、かつての面影を残す石のがれきがその姿を現すのみである。
 今の和賀江嶋では、古い瀬戸物の破片が見つかったり、潮だまりの生物を観察することが出来る。
 和賀江嶋は、かつての鎌倉の繁栄を偲ばせる遺跡である。
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2007/1/25


天領ひたおひなまつり Tenryouhita-ohinamaturi Tenryohita Doll's Festival

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 天領ひたおひなまつりは、大分県日田市で行われ、ひな祭り期間中は、市内約20ヶ所の旧家や資料館等でひな人形や道具類が展示・公開される。
 江戸中期、町人文化の繁栄と共に早春の祭「お雛さま」は一般大衆の間に広がり、女児のすこやかな成長と幸せを祈る、日本の伝統的な行事として定着した。
 江戸時代、幕府の直轄地として代官所が置かれた日田市では、豪商たちが活躍し、天領日田として九州随一と言われるほどの繁栄を極めた。
 こうした旧家に江戸・明治時代から代々伝わるひな人形や道具類は、その豪華さにまず驚かささる。優雅で艶やかな気品に満ちた顔立ち、豪華な着物、丁寧な造作は、数百年の時を超えて、富裕な商人たちの財力と、懐の深さを語りかけてくれる。
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2007/1/18


夢京橋 Yumekyo-bashi Yumekyobashi Castle Road

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 滋賀県の彦根城の堀端から旧中濠にかかる京橋まで、まっすぐ広がる通りがある。
 城下町の伝統を継承した黒い格子窓、袖壁、白壁、軒庇が続く町並み。景観を大切にしつつ、暮らしの見え隠れする古くて新しい町、
OLD NEW TOWN
 「夢京橋キャッスルロード」。
 この通りが位置する彦根市本町は、1603年、彦根城 築城とともに城下町の町割りが始められたという歴史のある町で、道路幅6メートルの町並みは、当時の風情を残しながら現代に至る。
 1985年、都市計画道路本町線の街路整備を実施する事になり、住民主導のまちづくりで歴史と伝統を活かし、新しい時代にマッチした城下町づくりが行われた。1999年にすべての整備が終わり、「夢京橋キャッスルロード」として生まれ変わった。
 歩道には彦根かるたをデザインしたレリーフが刻まれているので、一つ一つ見ながら歩くのも趣がある。
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