NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/7


木葉猿 Konoha-saru 

Jp

 熊本県玉東町(ぎょくとうまち)の木葉に伝わる「木葉猿(このはさる)」は、郷土玩具の中で、最も古いものの一つであるといわれている。
 養老七(723)年の元旦に「虎の歯(このは)」の里で生活していた都の落人が、夢枕に立った老翁のお告げにより奈良の春日大明神を祀った。そして木葉山の赤土で祭器をつくった際、残りの土を捨てたところ、それが猿に化けたという言い伝えがあり、木葉猿が誕生したといわれる。
 型を使わず、指先だけで粘土をひねる技法で猿の土焼人形をつくり、素焼きにしたままの伝統玩具である。
 昔から素朴さとユーモアある姿は人気があり、大正時代後期には、全国土俗玩具大番付で東の横綱になった。最近では彩色したものもあり、三匹猿・子抱猿・飯喰猿など合わせて一〇種類程あり、悪病、災難除け、子孫繁栄、子授けなどのお守りとして多くの人々に親しまれている。
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2007/7/25


刺繍 Shisyuu Japanese Embroidery

Jp En

 刺繍(ししゅう)は、手芸の一分野であり、布地に特定のパターンや図柄、文字などを縫いこみ、その結果できあがる作品をいう。
 日本に刺繍がもたらされたのは、今から千六百年~千七百年前頃に中国から渡来したとされ、日本においては着物を飾る方法として、布自体に模様を染める友禅技法が開発されるまでの間、刺繍が着物を加飾するための重要な方法であったた。長い年月をかけて様々な工夫がなされながら、各地で独自の刺繍が作り上げられ、やがて日本刺繍へとつながっていく。
 また、古来より日本では着物などの縫い目に呪力が宿る、と考えられていた。そのため、大人の着物に比べて縫い目の少ない子供の着物には悪いものが寄り憑きやすいと考えられ、子供を守るために着物の背中に「背守り」と呼ばれる刺繍を施す風習があった。
 同じような考えから、平安の昔から十二単や甲冑などにも刺繍は施されていた。
 そうした信仰上の行いなども、刺繍を発展させる礎となり、今に伝えられる日本刺繍の優美さを縫い上げている。
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